リノベーションが浸透し始めて15年以上年の月日が過ぎた。今やSUUMOの中古マンション情報の半数以上がリフォーム済みの掲載だ。ただ多くのリノベ済み物件は室内は新築内装の設えだ。新築に比べてコスパ良いと消費者にも受けが良い。他方で、リノベの本質ってなんだったっけ?古いものを新しくするだけ?いや違うよな。元の建物デザインや地域の特性、脱炭素や福祉などの社会的なニーズを読み解いて、今のニーズにアップデートする。先回りして提示するほうが正確かもしれない。その原点に立ち戻ろうというメッセージを感じさせるものが多かった。総合グランプリの「ReMAKE」-既存の内装を活かす試みもそのひとつだ。I型キッチンをL型に変更するためにキッチンを切って再利用。既存フローリングをはがさず、表⾯塗装して意匠とするなど、なるべく既存を生かし廃棄物を最小化、資源の最大活用を行っている。800万円未満部門の「翳りの間」は古来の暗い空間で思考する考えをオマージュ。欧州に比べ照明が明るすぎる日本の家への提言を行っている。室内の装飾は最低限に、光の陰影を生かした空間仕切りを行い、また翳り空間から見える外の緑が主役になるように一貫した文脈を仕立てている。1500万円以上部門グランプリの「saṃtati(サンタティ)〜他人間相続〜」は、古さを案じる売主の強い意志によって建物付きでの売買は断られていた案件を、「家の空気感、家の記憶そのものを受け継ぎたい」という買主側の意思を丁寧に伝達。耐震×断熱の性能向上を行い、内装はほぼ原形を留めつつ、元の床材を収納棚、デスク、庭先のウッドデッキなどへ再利用を行うなど、廃棄物を最小化リノベを実現している。
他方で1500万円未満部門のグランプリ「感性を解き放つ、45°の秩序」は圧倒的なデザインの勝利だ。
今、私が追いかけているテーマは「持続性」。特にサーキュラーエコノミー、サーキュラーデザイン。既存を生かすはもちろん、いかに廃棄を減らせるか、リノベ時、リノベ後の解体を思慮しているか?廃棄削減につながるモノのシェアリングを促しているか。集合体や地域で資源を大切にする仕掛けはあるか?「持続性」には災害時のレジリエンス性もある。水・電気などの基盤インフラの持続性は重要だが、普段から意識していない生活者にどうアプローチするか?体験による意識づけをデザインできないか?また単身(高齢)者、外国人の宿泊、居住が増えていく中で、大都市圏郊外や地方圏で循環経済をどうデザインするか?来年のリノベオブザイヤーが今から楽しみだ。
LIFULL HOME'S総研からこの秋発表された「STOCK&RENOVATION 2024」に、「令和の暮らし×リノベーションを読み解く10のヒント」として私が寄稿した記事で最初に挙げたヒントは「リスペクトを込めて限りなく既存を生かす」だった。
既存へのリスペクトやSDGs的な観点から、魅力的な既存の設備や建具、造作家具などを生かし、新旧をうまく馴染ませるリノベーションが増えている、と「リライフプラス」の取材を通じて感じていたこともあり、株式会社TOOLBOXによる「ReMAKE」-既存の内装を活かす試み-が2024年の総合グランプリとなったことをとても喜ばしく感じた。またそのノウハウをウェブで公開し、広く普及するという取り組みも高く評価したい。
納屋に住む。は、今後Uターンを検討する若い世代にとって大いに参考になる事例だと感じた。納屋ならではのメリットを活かしたプランニングなど目に見える部分はもちろん、R5を取得するなど性能面での保証をしっかり行っている点や、親子が程よい距離感で住まうことへの配慮といった目に見えない部分からも、施主と建物に寄り添う気持ちが強く感じられた。
『mama to co ROOM』は、そこに泊まることが旅のメインとなるような、魅力あふれる空間だと感じた。転落の心配が少ない部屋幅いっぱいのベッドは、赤ちゃんも大人ものびのびと過ごすことができ、またヌックがあることで非日常感も味わえる。赤ちゃん連れはとにかく荷物が多く、また「水」を使う場面が多いので、そうした切実なニーズにもしっかりと対応しつつ、遊び心もあるサニタリーやクローゼットも非常に優れている。
緑映える、心整う。は、築100年で増改築を重ねた実家の工事とのことで、困難なことが多かったのではないかと推測するが、メインビジュアルの光あふれるリビングの画像に心躍った。「心整う」というタイトルに込められた意味についても興味深いと感じた。室内外の境界が曖昧で、自然を身近に感じられる住まいは、お金で買うことのできない豊かさを暮らしにもたらしてくれるのではないだろうか。
制約がある中で知恵を絞るからこそ発揮されるある種の自由さ、クリエーティビティーのきらめきこそが、リノベーションの最大の魅力だと思う。今年で第12回を迎えた「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」の選考に初めて携わることになり、優れたリノベ作品を短期間で一気に見る中で、改めてそのように感じた。
時代性をいち早く反映できるのも、リノベの特徴だ。
価値観や住まい方の多様化、中古住宅の品質向上、建設費高騰に伴う住宅価格の上昇、サーキュラーエコノミー(循環経済)への移行――。総合グランプリに選ばれた「『ReMAKE』-既存の内装を活かす試み-」は、そんな複雑な時代に揉まれ、生み出された象徴的な事例として、多くの選考委員から高い支持を集めたように思う。
既存の間取りや仕上げを生かしつつ、部分的に⼿を加えて住空間をつくり上げるという個別性の高い手法に、一定の普遍性や再現性を与えようとする実験的な取り組みは、これからのリノベーションが向かう先を示唆しているように感じる。
2025年はどのような作品が時代を映し出してくれるのか、待ち遠しい日々が続きそうだ。
「リノベーション・オブ・ザ・イヤー2024」に寄せられた作品を拝見し、「壊さず、活かす」という視点がこれまで以上に多くのプロジェクトで強く意識されていることを感じた。10年前であれば、リノベーションといえば内装や外装、設備を一新する「スケルトンリノベーション」が主流だった。しかし、特に今年の作品では、可能な限り壊さず、既存の空間や素材を活かしながら再構築する取り組みが際立っていた。工事費高騰という現実的な背景が、この動きを押し進めている一方で、それが結果的にSDGsの「持続可能性」という理念にも自然に寄り添い、リノベーションの意義をさらに広げている。
今年の作品の中でも、「壊さず、活かす」というテーマを見事に体現したグランプリ受賞作が「ReMAKE Project」(株式会社TOOLBOX)だ。既存の内装を活かしつつ、解体ではなく加工によって新たな空間を生み出すアプローチが印象的である。例えば、システムキッチンを一部切断してL型に作り替えたり、フローリングの表面塗装を変更して新たな表情を生み出すなど、手間を惜しまない加工が随所に光る。得られたノウハウを公開し、住宅ストックの再活用に寄与する姿勢もリノベーションの未来を示唆している。
一方、京都の遊郭「旧三友楼」の古建具を住まいの核に据えた「遊郭と暮らす」(株式会社サンリフォーム)は、物語性のある空間づくりが際立つ作品。単に装飾品として取り入れるのではなく、それに調和する空間を設計することで、大切なものを次世代に受け継ぎながら住まいを形作るリノベーションならではの価値が示された。古建具と高さを揃えた仕切りや、素材の質感を活かした空間全体の調和が見事で、過去と現在を繋ぐ新しい暮らし方の可能性を提案している。
さらに「0LDKの我が家を、大切に住み続けたくて」(株式会社ニューユニークス)は、物理的な「もの」だけでなく、住まいの「コンセプト」を受け継ぐという点で注目に値する。初期の「0LDK」という設計思想を尊重しつつ、家族の成長に応じた柔軟な空間の進化が特徴だ。その一例として、リビングにロフトを新設し、縦空間を活用することで、完全な個室化を避けながらも家族それぞれのプライベートスペースを確保している。このように住まいそのものを「育てていく」という発想は、目に見える「形あるもの」だけでなく、理念や価値観を未来へつなげるリノベーションの新たな可能性を示している。
今年の受賞作から感じられるのは、リノベーションが単に「変化」に対応する手段ではなく、「壊さず、活かす」という発想を通じて住まいを次の時代へと繋ぐ力を持っているということだ。素材やデザインの再利用にとどまらず、住む人の価値観や暮らし方が空間を通じて受け継がれ、新たな物語を紡いでいく。そのプロセスが単なる空間の更新ではなく、豊かな未来を創り出している点にリノベーションの真価があるといえる。
これからも、壊すのではなく活かすという考え方がさらに広がり、私たちの住まいや暮らし方、そして社会全体がより豊かになっていくことを期待したい。
soil and soul(Jam+tamtam)部門賞
この建物のクライアントである財団の理念は「雲孫世代まで跨がる、社会と共創する熟達」だという。「雲孫」とは8代後の孫のこと。現代も含めて9世代をつなぐことのできる建物であることが求められた。
日本最高基準の断熱が施され(離れ)、外の部材は杉の無塗装、経年変化も楽しめ自然と共生する建物として設計されたこの建物。杭から雨水が地に還元されるという近年の大雨被害にも配慮した工夫が凝らされている。
さまざまに考えられ、技術がいかされたリノベーションでありながら、緻密というよりは、糸島の風景と相まってどこか悠々とした時間の流れとゆとりを感じられる。美しい風景とともに世代を跨って愛される建物となるだろう、と思わせてくれるリノベーションである。
時代を超えた賃貸 『2001年宇宙の旅』
部屋に入るとドアの高さをも超える白いアールの仕切りが現れる…。宇宙船のコックピットを思わせるこの設計は、"フィボナッチ数列から着想"されたものだという。フィボナッチ数列とは数学の世界では有名で、前の数字を足した数が続く法則。隣同士の項が互いに素で成り立っており、巻貝など自然界の黄金比も表しているそうだ。
驚くのはこのリノベーションが「賃貸」であるということ。極めて普通だった間取りを近未来的にリノベーションした実験的な取組み。コンセプトルームなどは今までもあったが、リノベーションによってここまで賃貸物件で冒険したのもめずらしい。
この発想の部屋にどんな人が住むのか、その人のライフスタイルにどう変化をもたらすのか…見てみたい気がする。
独りがなんだ
一人暮らしの部屋のリフォームは、住む人の個人の心地よさに焦点があたる、籠った楽しみのリノベーションがほどんどだったと思う。
しかし、この家は違う。エントリーのコメントに「自分のこだわりがたくさん詰まった我が家をみんなのサードプレイスとして共有する」とあるように、開いた暮らしを楽しむ設計になっている。キッチンは友人たちと語り合う隠れ家のバーのような空間になっており、家族のために料理をつくるだけではないキッチンの楽しさが拡がっている。
この部屋は買取再販のモデルである。単世帯数が増えつつあるこの時代の「独り暮らし」の住まいは、こういった設計視点の新たなニーズを生んでいるのだと思った。
2024年のリノベーションオブザイヤー。
今回のエントリー及び受賞作品をみて浮かんだのは「継ぐ」 「繋ぐ」というキーワード。
グランプリの「 「ReMAKE」-既存の内装を活かす試み-」をはじめ、元の建物の建材や部材を引き継いだ作品、設計思想を引き継いだ作品や、過去だけでなく未来にも継いでいく「soil and soul(Jam+tamtam)」や、地域の人と人を繋いでいく場を継いでいく「続・小倉昭和館~在り続けるということ~」といった作品が多く受賞作に残った。
審査員の編集者たちがどこか感じている「快適に新しくしていくことだけがリノベーションか」という思いのひとつの解として、それぞれがみせてくれた作品が多かった。
空間をうまく活用したリノベーションも記憶にのこる。壁や廊下をうまく活用したり、角度を変えて視覚をうまく活用したりと、今までのステップフロアだけでない立体的な設計も評価を受けた。「7帖に作る3つの秘密基地」や「感性を解き放つ、45°の秩序」、「0LDKの我が家を、大切に住み続けたくて」 「廊下が主役の家」などがそれにあたる。もはや狭さや使いにくい間取りは言い訳にならない。
もうひとつ触れておきたいのは、買取再販や賃貸など万人受けするリノベーションになりがちな部屋に変化が見えた作品も評価を受けたということ。ひとり暮らしをオープンに友人たちと楽しむ「独りがなんだ」や、どういった人が住むのだろう?とわくわくさせる「時代を超えた賃貸 『2001年宇宙の旅』 」などだ。顔の見えない住み手に対してではなく "こういった人に住んでもらえるといいな"というリノベーション作品だった。
歴史や文化、人とのつながり、未来に向けてのポジティブなメッセージ、住み手が喜ぶ再販物件や賃貸、ますます進化をとげているリノベーションオブザイヤー2024。2025年にもこういった作品たちの思想が「継がれていく」とまた面白い化学変化がある、と思った。
翳りの間
ワンルームの床や壁の素材を切り替えることでゾーニングするのは、ワンルームリノベーションのあるあるですが、床壁天井を同一素材でぐるりと囲むことで、部屋の中にもう一つ部屋をつくっているのがかっこいい。リノベーションの枠を超えた高いデザイン性を感じました。また、リーズナブルな合板を使い費用を抑えながらも、ホテルライクで上質な雰囲気を演出。一般的には費用のかかってくる天井のふかしも、木材で費用をおさえつつ、横から見た時の断面が印象的で感動しました。
廊下が主役の家
この家は取材で実際に訪問しました。設計士であるお施主さんの計算し尽くされたデザインと細かなこだわりに感動。たとえば壁。全体的に同系色で揃えながら、リビングには砂壁、キッチンにはコンクリートなど、ゾーンごとに素材や質感を変えることで、切れ目のないドーナツ型の間取りを緩やかにゾーニングしています。キッチン横には観葉植物を置くエリアを設け、床には外装用のタイルを使用。家の中央部にも関わらず、水をバーっと撒けるテラスのような仕様になっています。ほかにも作り付けのソファであえて窓を潰してLDKの壁のラインをぐるりと揃えるなど、たくさんのこだわりが詰まっていて「これぞ建築家の家!」というクオリティの高さに太鼓判。
日本初?職住一体に特化した小商いアパート
自由な働き方が広まってきた今の時代に合っていると思います。「自分の好きなお店をやってみたい」という誰もが一度は想像したであろう夢を、ここに住むだけで実現できるなんて素敵すぎる。そして個人的に興味をもったのは、修繕積立金を集めるのにも有効な手段かな?と思いました。マンションの1階部分に飲食店や雑貨屋などのテナントを入れることで積立金の足しにしている物件がありますが、入居者自らお店を運営することで、その都度、必要な積立金を集めていく方法も実現できそう。費用が不足して修繕ができないという問題を解決できるかも?
【住み育てた家の美しさ】
家は生き様が表れる場所だ。1970年代後半に随所にこだわりと本質、センスを散りばめて建てられたこの家は、40年以上大切に愛されて、次の世代へ新たなバトンをつなぎました。古いものが一掃され新しく生まれ変わる美しさもあれば、古いものの傷や色の変化を美しいとする価値観もあります。住まいにも寿命はある。ただ、限りはあるかもしれませんが、美しいなと思える時間や可能性がまだあるのなら、古くはなったけれど良いままを愛しながら残すという選択も素敵だなぁと思うのです。味わいがある部分はそのまま活かし、住まいとしての便利さや機能面は新たに、愛の詰まった一軒家の魅力を消すことなくバトンし、これからも住み継いでいきたい家に生き様やセンスを混ぜ重ねて作り上げた様子は、簡単に捨てたり壊したり出来てしまう今の時代にこそ、残したい美意識の選択だなぁーと思いました。
【地域資産を、住み継ぐ。】
価値のある素晴らしい文化財建造物だって、ただ存在するだけでやはり劣化はし、耐久性も弱くなっていく。日本中にそんな建物はいくつもあるそうです。壊して新しく建てるという選択もある中で、地域のためにも、歴史を背負って来た味わいや美しさは最大限に残しつつ、住みやすいように補修していくことは、彼らは敢えて難しいほうの選択をしたのかもしれない。いくら美しい文化財だって、近年の暑さや冬の隙間風に耐え忍んだり、地震が多い日本で安全に暮らせる安心感と引き換えにするには、なかなかリスキーで、住むと考えると不便なところも多かっただろう。7人家族が快適に過ごせて、尚且つ歴史的価値はしっかり残すが叶えられた今回の大改修。過程も地域に公開しながら、ウィークポイントを上手に未来へのバトンへ変換し、安全に確実に渡せるようになったようになったこの家は、きっとこの先また長い年月で、住みながら世代を交代していき、大切に繋いで歴史を住み紡いでいくのだろう、そんな未来が見えた気がしました。「継ぐ」という選択は、これからの時代にこそ大切にしていきたい美しさの価値観だ。
【感性を解き放つ、45°の秩序】
近年の都内のマンションは本当に高くて、物件を眺めては理想を並べ夢を膨らませ、ため息をつく日々。それでも、限られた空間だって頭を傾け捻ってみれば夢は見られるのです。この家に大胆にひかれた45度の対角線は、こぢんまりとした部屋の可能性を大きく変えてくれた。広く見えるし、眺めも変わるし、上手に仕切りやすくなる。ワンルームを豊かに自由に開放してくれる魔法のような1本の線。アイディアに工夫とセンスを足していけば、欲張りをギュッと詰め込んだ自分だけの空間が作れる。「こうでないと」という価値観を上手に線引きすれば、都会に住む難関も、前向きにクリアに楽しく解決してくれるのかもしれないなと思いました。
今回選考委員としての参加は初めてでしたが、参加者の皆さんのセンスや感性溢れる施工、そして家族構成や生き方、時には歴史が垣間見れるイキイキした家たちに選考中も心躍りました。選考委員の皆さまと熱く意見を交わしながら大切に決めた時間は、自分にとっても大きな刺激と学びでもありました。
家は人生において大きな選択であり、自分たちの基点となる場所。
皆さんの創意工夫のある生き様が家を通して拝見できたような、そんな時間でした。
大なり小なり、あまねくリノベーションは特殊解である。数パターンの標準プランを一般解として一気に大量供給できる新築分譲住宅や型式適合認定住宅とは違って、一つ一つ異なる歴史を持つ既存建物の個別要素が大きいため、それぞれの現場で臨機応変な対応が求められる。この即興性を伴う創造的な課題解決のアイデアから、リノベーションの個性と面白さが生まれる。
しかし時に、強烈な個性を放つ特殊解の中から、次の時代の一般解となる公式が導かれることがある。
リノベーション・オブ・ザ・イヤーの短い歴史を紐解けば、今から10年前の2015年がまさにそのような作品が生まれたエポックメイキングな年だった。総合グランプリに輝いた「ホシノタニ団地」(株式会社ブルースタジオ)は、郊外の空き家問題への対処では住宅単体にとどまらず地域コミュニティの再生まで射程することが解法のモデルとなることを示し、後に続く多くのプロジェクトの道を照らした。また、800万円以上部門最優秀賞を獲得した「井の頭の家」(株式会社リビタ)は、当時としては圧倒的な性能によって、住宅リノベーションに性能向上という新たな論点を書き加えた。
2024年のリノベーション・オブ・ザ・イヤーの総合グランプリ「『ReMAKE』-既存の内装を活かす試み-」(株式会社TOOLBOX)もまた、圧倒的な特殊解でありつつ次世代の一般解となることを予感させる作品だった。
この作品の主張をひとことで言えば、「極力ゴミを出さないように作る」である。既存の内装設備で使えるものは徹底的に活かすことを前提に、解体した材を再利用し、あるいはリメイクして再生するなど、解体ではなく二次加工で空間を再構成することに挑戦した実験的プロジェクトだ。I型キッチンを切断し左官で繋いでL型に再生するなど、スケルトンに解体した後でまっさらな住空間を再構築する通常のリノベーションに比べて、現場の職人のアイデアやスキルはもちろん、なによりコンセプトへの共感なくしてはなし得ない仕事だったことは想像に難くない。
このアプローチは、最先端のサーキュラー・エコノミーのコンセプトに呼応したものと評価できる。サーキュラーとは循環を意味し、近代化以降の大量生産・大量消費・大量廃棄の産業モデルを反省し、資源の循環利用を重視して最小限の資源投入量で最大限の豊かさを得ようという考え方である。建築領域で言えば、資材の再利用(リユース・リサイクル・アップサイクル)を繰り返して廃棄物を最小化することを重視する。また建築に用いる資材は解体時にも再利用可能な素材を選び、将来的にはトレーサビリティを確保し資源の追跡管理することことも模索されている。
「ReMAKE」は、循環をキーワードにする世界的な潮流の入口に立ち、日本のリノベーションに新しい時代の扉を開いた作品と言えるのだが、実は、過去のオブ・ザ・イヤー授賞作品の中にも伏線はあった。2020年に500万円未満部門の最優秀作品賞を受賞した「サスティナブルにスマートハウス」(株式会社シンプルハウス)がそうだ。こちらも既存建具の再利用のほか間伐材など地産地消の素材を使用することで循環を提案した作品だった。コンテストの目線で比べると、「ReMAKE」が総合グランプリを獲得したポイントは、循環というコンセプトの徹底とそこへの強い意志だ。そのことは、エントリー情報から読取ることができる以下3つのポイントに表出している。
・コンセプトを体現したデザインの新しさ(見た目に違いがわかる)
・既存の活用度(間仕切り壁は壊さず既存の間取りも残すなど)
・普及啓蒙への意欲(WEBでのノウハウの公開など)
近年のリノベーション・オブ・ザ・イヤーでは、省エネ性能向上は必須科目のようになりつつある。この流れはむろん歓迎しているし、これからも加速させたい。しかし、これら循環をテーマにした作品が語りかけてくるのは、いくら超高性能なエコハウスだと言っても、解体工事で大量の廃棄物を排出するのはどうなんだ?という異議申し立てである。「ReMAKE」や「サスティナブルにスマートハウス」が挑戦した循環重視のリノベーションは、環境性能という概念の守備範囲を拡張する提案であり、持続可能な社会の実現のためには避けて通れない価値観である。そもそもスクラップアンドビルドを否定する立場を表明してきたリノベーション業界は、真摯に耳を傾けるべきだろう。逆に「ReMAKE」に対して注文があるとすれば、居住における省エネ性能だ。木製の内窓などの挿入で断熱性能にも配慮してくれていれば言う事無しだった。
無差別級の最優秀作品賞に輝いた「soil and soul」(Japan. asset management株式会社)も循環への意欲を感じさせる作品である。
一見、見晴らしのよい高台に建つ建築家による上品な別荘建築のような佇まいである。セルフビルドで建てたという退屈な既存からのビフォーアフターは劇的だ。母屋は大胆に解体していかにも気持ちの良さそうな軒下テラスとしつつ、屋内空間として利用する離れはUa値0.24とHEAT20-G3を達成するなど性能向上にも抜かりはない。
気になるのは、すでに変色を始めている外壁表面だろう。これは九州産の杉の赤身を無塗装で使用したものだ。木を多用することで有名な某建築家による公共建築が建築後10年も経たないうちに腐食し、改修に多額の緊急予算が必要だと批判が集まる中、これをどう評価すべきか。これは勝手な期待込みの憶測になるが、おそらく施主の財団の理念からしても、定期的に地域の木材で更新することで森林資源の循環的利用を目論んでいるのではないか。間伐材を使った雨水の処理への配慮も、土中環境の改善から森林再生を目的としたものだ。循環という点では「ReMAKE」ほどは自覚的ではないものの、プランやデザインそして省エネ性能も含めた総合力として高く評価した。
800万円未満部門の最優秀作品賞「翳りの間」(株式会社N’s Create.)は、一般的な空間つくりの常識を拒否した作品と言ってもいいだろう。
この作品は変則的な駆体のせいか室内に大きく入り込む影を積極的に肯定し、闇で土間空間を仕切るという斬新なアイデアに挑戦した。一方、光のほうに設えた生活空間は床を上げ天井高を極限まで低くして明暗のコントラストを強調する。本物件のように築年数が古い板状型マンションであれば、できるだけ部屋の隅々まで光を回し天井高はできるだけ高く、というのが常識的なアプローチだと思うが、あえてその逆を行った結果、独特の世界観を持った住空間が出来上がった。コンクリート駆体表しと檜合板を組み合わせた内装は、リノベーション黎明期のテイストを彷彿とさせつつも、開口部の断熱性能に関しては現代的な要求に応えていることも評価のポイントだった。
1500万円未満部門の最優秀作品「感性を解き放つ、45°の秩序」(株式会社grooveagent)もまた、間取りの常識にとらわれないクリエイティブなアイデアが光る作品である。
敷地に対して建物を45度回転させて配置し、4つの辺に面した外部空間と視線の抜けを確保するのは戸建て住宅の建築でたまに見かける手法である。この作品は、そのアイデアをマンションの室内に応用したものと言えるだろう。44㎡という限られた空間を45度の斜線によって切り取ることで、間仕切り壁を使うことなく、すなわち視覚的な広さ感を犠牲にすることなく、ダイニングキッチン・リビング・寝室・書斎に振り分けられた機能的な間取りを作り出している。緻密な寸法合わせに腐心したことは素人目にも推察できる。なんと言えばいいのか、まあ、ちょっとした魔法のような空間創造を実現したリノベーションである。
実質的に施工費の上限のない最激戦区である1500万円以上部門を制したのは、耳慣れない言葉でアピールする「saṃtati(サンタティ)〜他人間相続〜」(リノクラフト株式会社)だった。
最終審査会で審査員の心を捉えたのは、建物を巡る不動産仲介の物語である。劣化の激しい既存建物を思い出ごと解体したい売り主と、その建物に運命的なものを感じた買主。しかし、売り主の体調のせいか直接交渉すらできない。そんな中で誠実で丁寧な交渉を橋渡しして、インスペクションによってマッチングを成立させたリノクラフト。ただ単に土地建物を流通させるのではなく、前の所有者の記憶や思い出と家への思いをバトンタッチしていった物語は、ややもすれば殺伐としがちな不動産の世界にあって心温まるエピソードだ。リノベーション工事は耐震性能や断熱性能の向上を施しつつも、極力原形を留めるよう工夫している点からも、この家に対する施主の思いが伝わってくる。
saṃtati(サンタティ)はサンスクリット語で相続を意味するのだそうだ。むろんこの物件は不動産市場で仲介されたもので、相続で引き継がれたものではない。だが、この作品が生み出された経緯はまるで相続のようであったと「他人間相続」と表現した言語化力も秀逸である。
さて、この他にも特筆すべき作品として審査員特別賞を選んでいるが、紙面の都合もあるのでそれらの作品の講評は他の審査員の方々の愛あるコメントに譲って、2024年のリノベーション・オブ・ザ・イヤーの全体的な印象について述べておく。
コロナ禍の時にも明らかになったように、リノベーションは時代の社会的変化からの要請に小回りよくレスポンスできる。そういう視点で見れば、今年のリノベーション・オブ・ザ・イヤーは、不動産価格の高騰と建築工事費の高騰というユーザーの二重苦に必死に対応しようと奮闘した作品が多かったことが見えてくる。例えば、「7帖に作る3つの秘密基地」(株式会社i-Plain)や「0LDKの我が家を、大切に住み続けたくて」(株式会社ニューユニークス)に代表される、限られた面積の中になんとか追加の床をひねり出す工夫。あるいは、「手仕事と無垢材に敬意を払う」(有限会社ひまわり)は目からウロコの白眉だったが、「再・断捨離のススメ」(株式会社sumarch)や「正直な定額パック『プリフィックス890』」(株式会社はぴりの)など、コストを抑えつつも魅力的な空間をつくるための提案が印象的だった。
また、もう一つ印象的なのは再販モデルにおけるデザインの進化である。再販モデルの進化については昨年のオブ・ザ・イヤーで一気に顕在化した潮流であり、その背景についても詳しく講評をしたので今年は割愛するが、市場の競争激化と顧客層の広がりがリノベ済み再販マンションのレベルを急速に引き上げていることは間違いない。特に1500万円未満部門は再販モデルが豊作で、「趣味を魅せる、高円寺の個性派リノベ ~プラスマイリノ~」(グローバルベイス株式会社)、「独りがなんだ」(株式会社コスモスイニシア)、「クランクイン 日常にフィルムを回して」(株式会社ネットプラザ)、「今日はどこでチルする?「ボーダーレス空間」への挑戦」(株式会社大京穴吹不動産)などは、コンセプトの提案性やデザイン品質において自由設計にまったく引けを取らない出来栄えだ。
最後に、進化する再販モデルの中で私が特に注目した作品を一つ紹介しておきたい。惜しくもノミネートを逃して最終審査の対象ではなかったが、1500万円以上部門にエントリーされた「『半スケルトン』戸建てー再販手法の提案ー」(株式会社アートアンドクラフト)である。この作品は沖縄のRC造の2階建て戸建てを、1階は定評のある同社のデザインでリノベーション済み、2階はなんとスケルトン状態で販売し購入者のカスタムに委ねる再販物件である。もちろん駆体は補修補強しインフラ類はすべて更新してあり、中古建物への不安に対してはきちんと対処してある。
なぜこの作品に注目するのか。それは、住まいは完成品を買ってそのまま住むよりも、空間になにかしら自らの個性を表現するオーダーメイド型のリノベーションのほうが住まい手の幸福度が高まるということが、LIFULL HOME’S総研の研究(詳しくは「STOCK & RENOVATION 2024」で明らかになっているからだ。
確かにリノベ済み再販物件を購入して、さらにオーダーメイドでカスタマイズするという手はある。だがせっかく完成している内装を壊すのは、コストの面からも循環の観点からも決して好ましいこととは言えない。その点、この作品が提案したリノベ済み物件とオーダーメイドを合体させたハーフ&ハーフのようなアイデアは、再販モデルと自由設計モデルの間の隙間を埋める新しいモデルの模索と考えられ、再販モデルの進化の一端を示唆するものである。2020年の審査委員特別賞「未完成住宅」(株式会社9)の問題提議を引き継ぐものと位置づけられ、「未完成住宅」が挑戦したアイデアを別のアプローチで解いたのとみることができる。現時点ではまだ実験的要素が強いと思われるが、リノベ済み再販住宅の幸福度を高める方策として、引き続き注目しておきたい。