今回私が感じたのは、買取再販戸建ての可能性の広がりだ。
内装・設備交換が主のマンションに対し、戸建ては性能改善、外壁屋根修繕までかかる。新築が安く簡易に建てられる日本では、性能追及すると事業性が厳しいとみる声が多い。その課題に新潟のまごころ本舗はチャレンジした。「仕入れ、設計、施工、販売」をすべて自社で行い、価格比較サイトや楽天を活用し、最安値、型落ち品を探し装飾、設備コストをダイエット。耐震、断熱には予算を多く割き、900万円台で築40年超の戸建てを二世帯住宅にリノベした。Rebitaは築25年のハウスメーカー物件で断熱等級4、省エネ等級5を実現し、家の燃費性能を示す「エネルギーパス」まで発行した。岐阜のWOODYLIFEは、自由設計リノベだが、UA値2.94から0.7と約4倍に向上させ、この地域の断熱性能等級4の数値より高い性能に。耐震の構造評点も0.58から1.71と約3倍に向上。我々ポータルサイト事業者は、見た目の良さだけでなく、性能の可視化を急がねばならないと痛感した。
リノベーションや不動産の用語は、一般の消費者には馴染みの薄いものが多く、「性能」もそのひとつと言える。消費者はどうしても「性能」より「価格」「デザイン」に目がいきがちで、物件を内見しただけではその価値を感じにくく、「性能」をセールスポイントにすることは、とくに賃貸市場では難しいと考えられていたのではないだろうか。
それを軽やかに実現してみせたのがグランプリに選ばれた「鹿児島断熱賃貸〜エコリノベ実証実験プロジェクト〜」だ。「賃貸だから仕方がない」と諦められがちだった温熱環境の悪さを改善し、それを空室対策の要とているところが全く新しい取り組みだと感じた。「エコリノベ」という簡潔でポジティブな印象のネーミングや、こざっぱりとしたインテリアも好ましく感じた。
事業継承リノベーション賞に選ばれた「郊外大家さんは農と緑でバトンタッチ」もとても興味深かった。年間100件ちかいお宅取材を通じて、植物を暮らしに取り入れることに価値を感じる若い世代は確実に増えていると感じている。バルコニーやウッドデッキを第二のリビングとして活用しているお宅も多い。近年のアウトドアブームとも無関係ではないと思う。
家の中だけをキレイにリノベーションするのではなく、ウチとソトが心地よくつながるような暮らし方を提案していくことは、賃貸・分譲関係なく、重要な要素のひとつになっていくのではないかと感じた。
今年の審査で気になったのは、性能向上のためのリノベーションと、戸建て再販物件の多さ。空き家のリノベ再販で成功する地方の事業者も出てきているなか、そうした流れを加速させるべく、客観的な住宅性能を示し、さらに、新築と比較しても遜色のない魅力づくりに取り組む各地のプレイヤーの熱意が伝わってきた。グランプリとなった「鹿児島断熱賃貸~エコリノベ実証実験プロジェクト~」は街なかの空き家という課題に向き合った賃貸物件だが、リノベ後はすぐに入居者も決まったという。もうした実績から、「エコリノベ」が賃貸、再販を問わず、物件のポテンシャルとして入居者、オーナー、不動産事業者など、多くの階層に広まっていくことに期待したい。
再販物件のほかに戸建てリノベで注目したのは、ブルースタジオによる「我が家の遊び場、地下に根ざす」。施主たちがSNSを駆使する現在では、多くの情報を集めることが逆に平均的な空間のデザインを生み、そこでの時間の過ごし方も均質化しているように思う。「地下室をセカンドリビングにしたら」といった純粋な施主のアイデアが、一般の市場の原理では表に出てこない地下空間の快適さの発見につながった。地中に伸びていく〝増築〟は、マンションにはない戸建てリノベーションならではの醍醐味を感じさせている。
今年で第7回目を迎えた「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」。今回も数々のワクワクする作品を拝見させていただいた。まずはエントリーされた各社のご尽力に敬意を表したい。
昨年の講評コメントにて「見た目でリノベーション事例を評価できる時代は終わった」と申し上げたが、今年もその流れがさらに加速した。
そして、本年のキーワードは「性能」と「裾野の広がり」だったように思う。
まずは「性能」の観点。勝ち上がってきた作品を見ていると、省エネ重視などの性能を前面に出したものを多く目にした。「見た目は良いけれど、寒い家」などはもうあり得ない。地球に優しい家は、人にも絶対優しい(もちろんお財布にも)。
もうひとつの「裾野の広がり」においては、これまでは勉強不足で存じ上げなかった会社様のノミネートが多数あったことが特筆ポイント。そして、賃貸や再販など、旧来のアーリーアダプター的な人々以外のお客様をターゲットにしつつ、汎用的ではない、個性的な事例が増えていたことがある。
具体的な例のひとつが、1000万円未満部門で部門最優秀賞を獲得した「my dot. - 東京の中心で風呂に住む-(株式会社リビタ)」。バスタイムを楽しみたい方に向けて40㎡台というコンパクトな面積では珍しく、1616サイズを設置。従来このような提案は、フルオーダーの際には見受けられたが、本作は再販モデル。リビタが再販でも売れると見立てたと言うことは、市場がそれだけ成熟してきているということではないだろうか。
これは審査に携わるようになって6年目だからこそわかる喜びであった。
私が編集長を務めるインテリアSNS「RoomClip」では、写真を投稿する人気ユーザーの方は、「見た目のスタイル」でラベリングされることを嫌うようになってきた。「私は北欧スタイルなんかじゃない。『丁寧な食卓』がモットーなんだ」と「私らしい暮らし方」をアピールしはじめている。この先は、フォロワーがそれを見て、真似ていくであろう。そうなると、さらに「脱見た目最重視」は進む。リノベーションへの理解ももっと本質的になっていく。ますますリノベーション業界が楽しくなってきそうだ。
今年は、昨年までなら間違いなくグランプリを争っていただろうという作品群が並んだ。
あれからわずか一年だというのに全体の「質」の進化が明らかだった。
ノミネート作品群たちは、過去のリノベーションオブザイヤー受賞作品の評価ポイントをきちんと継承しつつ、さらに進化をさせている。
審査員たちの受賞作品紹介から、今年の作品の多様ぶりを感じていただければと思う。
私のほうから紹介したいのは、地域風景デザイン賞「二軒長屋のブロック造の家」
このリノベーションは、昭和40~50年代に北海道で多く建てられたコンクリートブロック造の建物だ。当時の原風景をのこしつつ、寒さをも楽しめる快適な住居に変化させ、新たな地域風景のひとつとなっている。
地域資源リノベーション賞「ユクサおおすみ海の学校」
閉校となった鹿屋市立菅原小学校跡地を利活用。その海の見える最高のロケーションを活用し、宿泊・観光交流施設に。子どものころの楽しい記憶を残す学校を再生し、地域の人たちの交流も再生させた例。
エリアリノベーション賞「アメリカヤ横丁」
古きよき昭和の長屋。近くに印象的なアメリカヤの看板のビルがあることから「アメリカヤ横丁」として店舗改装。昭和のにぎわいと居心地の良さ…地域に新しい「古きよき」を生み出した。
事業継承リノベーション賞「郊外大家さんは農と緑でバトンタッチ」
かつては、農村集落だったというこの地の賃貸住宅。
施主が営んできた大家業と農家業をつなぎ、地域に根ざした生活環境価値を継承していくことを目的にリノベーション。
地域に開いた緑の庭を設け、新たな賃貸とした事例。
拠点創出リノベーション賞「ちょっとソコまで、SOKOまで。」
空き倉庫となっていた、ヤマキウ南倉庫。「景色を変えず、地域課題の解決を」という故オーナーの遺志を継ぎ、地元の人たちが立ち寄りたくなる楽しい複合施設に生まれ変わらせた。
いずれもさまざまな課題について、みごとに解を出した作品である。
そして、「鹿児島断熱賃貸~エコリノベ実証実験プロジェクト~」
500万円未満のノミネート作品から、みごとグランプリを受賞した。
地元ガス会社がオーナーというこの物件は、断熱を施すことで使用エネルギーを削減する。
一見、エネルギー供給会社としては矛盾するような取り組みだ。
プロジェクトにかかわる人々が住まいや建物、地域、エネルギーの「未来」を本気で考えなければ生まれなかった事例だと思う。
かつての「リノベーションするしかない」から「リノベーションだからこそ」が、さらに進化を続けている。
リノベーションオブザイヤーが生み出した作品とプロセスが新たな課題の解になって、拡がっていくのだろうと思うとまた来年のオブザイヤーが楽しみになる。
性能系改修がついに主役に!
これまでに3回、審査に参加させてもらった。過去3回の審査を通しての感想を、前回の審査講評にこう記している。
「デザイン面では優れた事例が増えているが、『資産価値向上』や『省エネ化』に力を入れているものはまだまだ少ない。この辺りは今からでも『先駆者』になるチャンスがあるといえそうだ。
そんな辛口講評を書いた効果があったのか、社会の流れだったのか。今回の候補作にはそうした“性能系改修”ともいえるプロジェクトが数多くあった。
その中でも特記したいプロジェクトが2つある。1つはグランプリに選ばれた「鹿児島断熱賃貸」。これは他の審査員の方が書くと思うので詳述はしないが、「低予算でもここまで省エネ性能が高められる」という、今後の省エネ改修の目標と成り得るプロジェクトだ。
それとは対照的に、大企業だからこそできる先駆的な試みがYKK APによる「戸建性能向上リノベ実証PJ」だ。実際の住宅改修で「断熱(HEAT20 G2レベル)」と「耐震(耐震等級3相当)」を同時に実現し、見学会を通じて社会に発信する。すでに北海道、神奈川、京都、神戸、福岡で展開している。従来のように「売れるのを待つ」から「メーカーが自らが範を示し、社会に発信する」への転換と評価したい。
多くの災害に襲われ、改めて住まいの安全について考えさせられる年でした。自然環境の変動と共に住宅が担う役割も変化し、機能への投資は惜しみなく。リノベーションにおいてもその動きが見られました。
機能性はきちんと求めたいところですが、デザインにとことんこだわるのがリノベーションの楽しさ。とくに、和室で遊び尽くした『SHOGUN Castle』はお見事としか言いようのない個性です。
『荒廃と品格』は、住まいを蘇らせるはずのリノベであえてヴィンテージ感を出すという志向がユニーク。『浮かぶガラスの茶室がある大阪の長屋』は、なぜそこまで茶室にと外野は問いたくなるところだけど、「こうしたかったから」という理由だけで十分な凄みがあります。
時代を投影しているのが「イヌはイエ。ヒトはケージ。」で、犬の暮らしやすさを考慮した造り。人間たちがくつろぐダイニングを“ケージ”にコンパクトに収めるという発想に驚かされました。
施主のライフスタイルによってリノベーションも多種多様になり、施工を担うみなさんはますます腕が試されますね。いい相関関係が広がっていくさまを、これからも楽しく見守っていきたいと思います。
女性誌という媒体に関わる者として、専門でない人間の視点を、ということで、今回初めて選考に関わらせていただきました。ファッションや旅、その他のカルチャーで特集を組むことが多い中、住空間への関心と質の向上は、女性それぞれの嗜好性を超えて大きく底上げされていると感じています。そうした流れの中で、デザイン的な視点や、施主それぞれの満足度からいえば、一定のレベルをクリアしたリノベーションが、当たり前のものとして数多く見られるようになりました。だからこそ、今あえて表彰するとしたらどのような事例にすべきか、というのが、一番の悩みどころでした。
そんな中、気になったのが『5世代に渡り継がれる、築100年の古民家』をはじめとして、『ユクサおおすみ海の学校』『郊外大家さんは農と緑でバトンタッチ』『アメリカヤ横丁』の4作品。「箱のリノベーション」の詳細よりも、そのリノベーションがどう運用されて現場で何が起きているか、人と人、人と地域、人と社会がどう繋がっていけたか、といった「リノベーションのその後」の方にむしろ興味が湧く事案だと言えます。高齢化、経済の先細り、なかなか進まない社会での女性活用など、停滞感を感じることの多い世の中ですが、こうでなければならない、という自分たちを自ら縛る社会常識やシステムからさらりと身をかわし、周りにもポジティブな影響を与えていく、そんなリノベーションの力の一端が垣間見れたのが、私にとっての最大の収穫でした。
最後に……、1000万以上部門の受賞作品『5世代に渡り継がれる、築100年の古民家』のみんなの集合写真で赤い服を着ている少年の表情、最高ですね!
エントリー企業数97社、エントリー作品数279といずれも過去最大規模を更新して7回目を迎えたリノベーション・オブ・ザ・イヤー2019は、5〜10年先の未来から振り返ったときに、おそらく日本のリノベーション・シーンに新時代の幕開けを告げるエポックメイキングなアワードだったと記憶されるだろう。
何がエポックメイキングなのか。それは、日本のリノベーション住宅に性能向上の時代が到来したことを強く印象づけたことだ。リノベーション・オブ・ザ・イヤーでは、2013年のスタート当初から耐震補強や断熱改修などの性能向上が施された作品は継続的に出現してはいたものの、今年はその量と質の高さが飛躍的に高まった感が強い。今回一次審査を通過した60のノミネート作品を対象にした最終審査会において、断熱性や耐震性の性能向上をアピールする作品がすべてのカテゴリーで部門最優秀賞を争ったのである。
そのようなリノベーション・オブ・ザ・イヤー2019で見事総合グランプリを勝ち取ったのは、「鹿児島断熱賃貸〜エコリノベ実証実験プロジェクト〜」(株式会社大城)である。無差別級部門最優秀作品賞に輝いた「戸建性能向上リノベ実証PJ」(YKK AP株式会社)と競っての栄誉となった。いずれも新築基準を遥かに超えるレベルの性能を実現しつつ、住宅市場への幅広い波及効果が期待される作品である。
YKK APは2017年にも株式会社リビタと組んで性能向上をした作品で最優秀部門賞を受賞しているが、今回は大手設備メーカーの強みを活かし、北海道から九州まで全国5箇所で各地の事業者と協働した5作品をいっきにリリースした。いずれも築35年超(中には築100年も!)の旧耐震木造戸建住宅を耐震等級3、HEAT20のG2グレードと、新築をはるかに上回る性能へと引き上げた高性能リノベーション住宅である。それらを実際に販売する商品としてまとめつつも、見学会の実施によって各地の事業者への啓蒙と技術やノウハウの共有を図った点も高い評価を得た。
500万円未満部門から初のグランプリ授賞となった「鹿児島断熱賃貸〜エコリノベ実証実験プロジェクト〜」も断熱改修によってHEAT20のG2グレードを達成した作品である。温暖な鹿児島では高い断熱性能など必要ないという誤った通念をファクトで否定し、しばしば性能が置き去りにされる賃貸住宅の常識に対して真っ向から正論を打ち立てた勇気は大きな称賛に値する。また鹿児島大学の協力で改修前後の室内温度と電気使用量を測定し、そのデータを入居者募集時に提示するなど、不動産市場での物件情報提供のあり方にまで照準していることも特筆に値する。というのも、現在EU諸国の不動産市場では売買・賃貸ともに不動産広告に住宅エネルギー性能を表示することが義務化されていて、我が国でもそう遠くない将来に追随することが予想されるからだ。この作品は、日本の不動産市場をゆうに数年は先取りした先進的な取り組みなのだ。
この他にも、審査委員特別賞の性能向上リノベーション賞として、「最小限の予算で ★耐震適合★2世帯住宅」(株式会社まごころ本舗)、「再生匠家 -性能向上・自然素材リノベーションモデルハウス」(株式会社WOODYYLIFE)、「未来へつなぐ価値と暮らし-HOWS Renovation八雲の家」(株式会社リビタ)の3作品も選ばれた。いずれも各部門で最優秀賞を競った作品である。これら以外にも性能向上を実施した作品も多数あったが、授賞作品と惜しくも授賞に至らなかった作品を分けたポイントは、向上させた性能をきちんと数字または証明書で示しているかどうかである。ただ単に「耐震補強をした」、「断熱改修をした」と訴求するだけではなく、客観的な数値で示したことが信頼度を高めている。
かねてから主張しているように、耐震性能や省エネ性能の低さは既存ストックの弱点である。ところが性能向上リノベーションは、施主には比較的大きな予算を、設計施工の事業者には知識と技術力を要求する。そのためせっかくのリノベーションなのに性能が妥協されるケースが多々あることは否めない。しかしながらそのせいで、大地震においては生命・財産が危険にさらされ、夏は暑い・冬は寒いで住まい手の快適さや健康を損ね、かつ化石燃料を浪費する性能のままでは、既存ストックの活用が社会正義であると一点の曇りもなく主張することに若干の躊躇があったことは認めざるを得ない。
はからずも2020年から新築住宅に義務化が予定されていた省エネルギー性能義務化がまさかの見送りになった。5年の猶予期間を経て義務化が予告されていた平成25年基準は、実は平成11年基準と同レベルの断熱性能しか要求しておらず、国際的にみると決して次世代省エネ基準などとは呼べない低いレベルの基準だ。市場の混乱を避けることを理由とした国土交通省の最終判断は、それすら達成できない低モラルの事業者への救済措置の色合いが強い。これでまた日本の住宅のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)は、欧米先進国から大きく立ち遅れることになる。
かように時代錯誤でぐだぐだの住宅市場に向けて、今回のリノベーション・オブ・ザ・イヤーは、リノベーション界からの異議申し立てのマニフェストになるだろう。
さてその一方で、忘れてはならないことがある。性能向上リノベーションは既存ストックの弱点を克服しハードウェアとしての価値を向上させるものの、リノベーションの自由な創造性や楽しさを約束するものではない。ひとつの住戸を対象とする500万円未満部門、1000万円未満部門、1000万円以上部門の各授賞作品では、リノベーションが得意とする自由な空間デザインが強調される形でバランスが図られた。
500万円未満部門の最優秀作品賞には、「我が家の遊び場、地下に根ざす」(株式会社ブルースタジオ)が選ばれた。500万円未満部門には家全体ではなく部分をリノベーションした作品がエントリーされることは珍しくないが、地下室のリノベーションは初めてだ。子供のためのライブラリーとシアタースペースがつくられた地下室への階段は、まるで秘密基地への入り口のようでもありワクワク感がある。有効に活用されていなかった地下の物置を第二のリビング・遊び場として発掘したアイデアは、まさに視点のリノベーションである。
1000万円未満クラス最優秀作品賞の「my dot. - 東京の中心で風呂に住む」(株式会社リビタ)は、47㎡というコンパクトな住戸で1616サイズのユニットバスをバルコニー側に設置することでビューバスを実現した。洗面室にはチェアやミニ冷蔵庫を置くなど、バスタイムを楽しく彩るコツも心得ている。新築分譲マンションや再販マンションまた賃貸住宅のように供給者が計画した住空間を売る場合、専有面積が小さい住戸には小さいお風呂が置かれるプランが常識だが、考えてみればそれは不思議なことで、住まい手が風呂好きならば理不尽なことですらある。そんな住宅産業の常識に安易に従うことを拒否した、肌感覚で共感できる都市型ライフスタイルの提案は、リノベーションの真骨頂だろう。
激戦区の1000万円以上クラスを制した「5世代に渡り受け継がれる、築100年の古民家」(株式会社アトリエいろは一級建築士事務所)」は、築100年にもなる100坪の古民家を二世帯住宅へリノベーションした作品だ。二階の床を全て取り払うなど大規模な改修が施されているものの、黒光りする大黒柱や大梁に土間や建具など、建物の記憶を継承するエレメントが効果的に残されていて、あたかも100年前からこうであったような佇まいを見せる。5世代にも渡る家族の物語を見守ってきた建物には、毅然としつつも優しい先祖の姿が重なる。また100坪もの風格ある古民家ともなれば、もはや地域の風景と言っても過言ではないだろう。そのような建物が一つ、リノベーションによって次世代に受け継がれたことを喜びたい。
これら3つの部門の最優秀作品を並べてみると、500万円未満部門の「我が家の遊び場、地下に根ざす」は夫婦と子供という核家族、1000万円未満部門の「my dot. - 東京の中心で風呂に住む」は単身もしくはカップル、1000万円以上部門の「5世代に渡り受け継がれる、築100年の古民家」」は二世帯・三世代の同居と、それぞれ日本の世帯類型、すなわち家族のあり方と住まい方に対応した作品であることに気づかれると思う。
「住むこと」は限りなく「暮らすこと」に近く、さらに「生きること」の大きな部分を占める。だから、どんな場所で誰とどう住むかで、その人の人生をあらかた語れてしまうと言っても過言ではない。これら3作品のプレゼンテーションに共通するのは、その空間だからこそ生まれる住まい手のアクティビティ、すなわち「住むこと」の内実がくっきりと強調されている点である。
「我が家の遊び場、地下に根ざす」では秘密基地のような地下空間で家族が思い思いに過ごす時間が、「my dot. - 東京の中心で風呂に住む」では疑いもなくバスタイムが、「5世代に渡り受け継がれる、築100年の古民家」では親戚や友人の家族が集まり子どもたちが遊ぶ姿を見守る団らんが、そうである。その時間こそが、それぞれの住まい手の人生を形成する「暮らし方」の個性であり、この家こそがどこか別の家では代替できない私のホームである、と住まい手に実感させる住まいの個性を物語っている。
かけがえのない一人一人の価値観や個性を映した住まい、その人らしいライフスタイルを実現する家。それは心あるリノベーション住宅が常に追い求めてきた基本テーマである。それを、空間の意匠性や表層のスタイル、プランニングのアイデアの斬新さで強調するのではなく、アクティビティによって提案したプレゼンテーションは、リノベーション住宅のコミュニケーションをアップデートする可能性を感じさせた。
さて、性能向上と住まいの個性の表現が2大テーマとなったリノベーション・オブ・ザ・イヤー2019年は、リノベーション住宅に健全な進化を促す大きな契機になるのではないかと予感している。グランプリの「鹿児島断熱賃貸〜エコリノベ実証実験プロジェクト〜」をはじめ今回の授賞作品群を選出できたことには、審査委員長として大きな手応えと満足を感じている。しかし同時に、逆に見えてきた課題もある。
1つは、グランプリの「鹿児島断熱賃貸〜エコリノベ実証実験プロジェクト〜」も無差別級最優秀作品の「戸建性能向上リノベ実証PJ」も、そのタイトルが示すように、まだ実証実験としてのプロジェクトである点であるため、現時点では手放しでの称賛は留保しておくべきだろう。今後、改修コストを考慮した上でも妥当な経済性を持つ商品として普及させることができるのかどうかが重要である。もう1つは、住まいの性能は必要条件ではあるが十分条件ではないということだ。性能向上をアピールする作品は、プレゼンテーションがハードの性能に終始してしまう傾向にあることは注意が必要だ。同様に、住まいの個性は重要であるものの、それだけではこれからの時代に求められる必要条件を満たしていないことも付言しておかなければならない。
性能と個性。2020年以降のリノベーション市場に、この2つの価値を合理的な経済性でまとめ上げた新時代のリノベーション住宅が広がるかどうか。それが2019年のオブ・ザ・イヤーが、後世に語り継がれる真にエポックメイキングなアワードとなるかどうかの分かれ目であるし、またオブ・ザ・イヤー受賞者の真価が問われるところでもある。