2023年のリノベオブザイヤーはキーワードの宝庫の年であった。
1つは「N=1の買取再販」。「プレミアムT」。クローン病という国の指定難病の一種の知人の話から長時間トイレの滞在を想定した超快適空間トイレリノベ。「東京下町の古民家よ、再び」は古材レスキューした建具等を再利用したリノベ。
2つ目は「高額リノベ」。日本には金融資産1億円以上の富裕層が148.5万世帯もいて、円安でインバウンドの波も再燃。富裕層ターゲットの新築マンション、ホテル等が増加する中、リノベにもその波が来ている。「風通る、地域コミュニティの再編」ではオーストリアから移住者が伝統様式の魅力を残しながらの設計。コストは5000万円だ。「ブンカノーカ」も香川県の古民家リノベで3000万円かけている。
3つ目は「教育×リノベ」。「近大発ベンチャー創出拠点」山梨学院大学の「新しい価値観の持ち主たちへ」大学が何を学生に感じてほしいかを素材やデザインに込めている。教育は学校リノベに留まらない。公共施設、商業施設、オフィス、宿などで、何を感じてほしい、知ってほしいか。リノベによる消費者教育に期待したい。
4つ目は「実家の価値再考」。コロナ禍での家族の重要性、物件価格上昇、空き家問題が連日報道される中、広い実家に多世帯で暮らす合理性が見直されている。「タクミノイエリノベ2」が代表作だ。実家は居住する親世帯、育った子世代にとっては魅力を感じにくい。だが第3者の目でみると価値が再考されることがある。
その視点提供、その機会提供を、リノベ事業者に期待して、空き家予防、空き家活用の推進役となっていただきたい。
コロナ禍で、15歳以下の子供の数を、飼育されているペット(犬、猫)の数が逆転したという。ペット飼育世帯がファミリー世帯と並んだことを意味する。社会構造の変化、多様性を捉えた提案を楽しみにしたい。
時事性、新規性などに着目して審査したが、応募作全体の傾向として昨今の工事費高騰が色濃く反映されているように感じた。コストの制約の中、応募作に見られた様々なアイデアや工夫から、新たなニーズ獲得へ知恵を絞った跡がうかがえた。
授賞した作品はいずれもハイレベルだったが、とりわけ強く印象に残ったのが、総合グランプリに輝いた「誰もが快適に過ごせる特別な高級トイレ空間 『プレミアムT』」だ。難病の友人の一言から生まれた企画提案で、トイレ空間を居室のようにリノベーションするものだ。デザインの力で社会課題の解決を探る取り組みとして評価したい。
2024年以降もさらなる工事費高騰が予想される。いわゆる建設業の「2024年問題」だ。建設業に時間外労働時間の上限規制が適用される。生産性向上へDX対応も求められよう。さらに住宅の「2025年問題」への備えも必要だ。改正建築物省エネ法・改正建築基準法が全面施行される。新築だけでなく既存物件にも影響が及ぶだろう。逆風下でリノベーション需要をいかに開拓していくか。性能向上は大前提で、時代の先を見据えた提案力が鍵になる。
1.持病や障害のある方にポジティブに寄り添う
「誰もが快適に過ごせる特別な高級トイレ空間 「プレミアムT」」については、資料を読み込む前はインパクトを狙った作品かと思っていたが、持病を持つ方にポジティブに寄り添うあたたかい気持ちが伝わってきた。また、リノベーションには、医療だけでカバーできない部分を補う力があると感じた。再販物件であるという点にも注目したい。
2.自宅で撮影がスタンダードに
少し前のSOHOは設計事務所やデザイナーなどの事例が多く、作業スペースを設けることやパブリックエリアとブライベートエリアをどう棲み分けるか、という点が重視されていたが、自宅でできる職種の幅が広がり、また仕事とSNSが密接に結びつくことによって、リノベーションに求められるものも変わってきている。「500本のハンガーが活きる衣装と意匠」「#フォトスポットだらけ #感性を揺さぶる家 #ポリッシュ」などがその好例。
3.気負いのないUターン・Iターン
ライフステージ、家族構成の変化、働き方の変化によってUターン・Iターンする際、求められるのはその土地ならではの特性や地域との関わりを意識したリノベーションではないだろうか。今回もUターン・Iターンの事例がいくつかあったが、気候も含めその土地ならではの特性を受け止めて、楽しみながら暮らす柔軟な姿勢が感じられた。
4.部分リノベと可変性
不動産価格や建築資材の高騰といった影響も当然あるが、部分的なリノベーション、将来また手を加えていける可変性や余白を残した事例が多いと感じた。まだ使える設備機器や建具類を生かしたり、素材やパーツ類をリユース、アップサイクルする、といったことは地球環境への配慮という点でも望ましいことだし、ライフステージの変化に合わせて楽しみながら手を加えていく暮らし方が少しずし定着しつつあるのではないかと感じた。
5.写真とテキストのクオリティ
3年ぶりに審査に参加してみて、より写真とテキストのクオリティが高くなっていると感じた。それってどういうこと?とついクリックしたくなるタイトルや、家族やペットとの関係性、穏やかな暮らしぶりを感じられるライプ感のある写真がとても多かった。その住まいのつくり手だからこそ、のあたたかい視点や施主に寄り添う気持ち、ここを見てほしい、というアピールがしっかりと伝わる作品がとても多かった。
私たちが新型ウィルスでの混乱期からあらたなステージへと進みつつある中での開催となる「リノベーション・オブ・ザイヤー2023」。過去3年で新たに急増したニーズ、例えばリモートワークを意識した間取りや工夫などはすでに一般的となり、リノベーションという手法の対応力を改めて実感させられた。
個人的な今年の注目ポイントは「ステレオタイプなイメージからの脱却」。グランプリを受賞した「誰もが快適に過ごせる特別な高級トイレ空間 「プレミアムT」」(株式会社bELI)は、持病のある方が快適に過ごせるよう、「居室のような」トイレを実現した。また、ムーバル・リノベーション賞に輝いた「動く家」(有限会社中川正人商店)はティピカルなキャンピングカーの内装を刷新。ユニバーサル・デザイン賞に選ばれた「What is Barrier “Free” ?」(株式会社grooveagent)もまた、一般的によく想像する「バリアフリー」の空間イメージを覆している。
お施主様は顕在化した悩みをお持ちであったとしても、解決するための手段への具体的な希望までは持ち合わせていないことがほとんど。だからこそ、常識を覆す実例が増えていくことで、さらに多くの方が幸せな家づくりを行うことができる。
来年以降もリノベーションの懐の深さを感じられるような、常識にとらわれない作品を拝見できることを楽しみにしている。
優れたリノベーション事例を見るたびに、「住む人」の輪郭が浮かび上がる。
住まい手に会ったことがないのに「ああ、こういう人が住んでいるんだろうな」とイメージができる。そのことに感心するのだ。
今回、グランプリをとった800万円以下の「プレミアムT」は難病の方のためのトイレ空間である。もちろん病気に配慮しているのだが、病室くささがひとつもない。暮らす・住む場所として、燦燦と明るい空間となっていた。リノベーションが病気に焦点を充てたのではなく、住む人に焦点を充てたことが伝わる秀逸な例だ。難病だけでなく、介護などにも活かすことができそうだ。
他にも最終エントリー作品には様々な住まいの「思い込み」を超えていく事例が多かった。賃貸だから、団地だから、古民家だから、など、リノベーション事例が増えてきたからこそできつつあった「よく見る〇〇のリノベーション事例」を、より上手に昇華し、枠を超えてくれた事例が多かった。
11年を迎えたリノベーションオブザイヤーの最終ノミネート作品は、奇をてらったものは少なかったが、どれもがその「住まい手の輪郭」が明確になっていた。そして、やはり、リノベーションには「住まいをあきらめない」力があるのだと感じさせてくれた。
初めて参加させていただいた本審査、図面と写真と紹介文を拝見しながら心惹かれたのは、施主様や買い主様が喜ぶ様子やその後のライフスタイルの変化が目に浮かぶリノベーションでした。
惜しくも受賞は逃した作品の中にも心惹かれ胸躍るプランが数多く有りました。
また古材と現代のデザイン、和と西洋文化とのマリアージュ作品のエントリーが数多く見られたのも個人的にとても嬉しく感じました。
これは今後広がってほしい潮流だと思っております。
審査の時はみなさんが活発に意見を交わされている様子が印象的でした。私はここが好きです、この部分が新しいよね、去年はこんな事例があったね、などなど。ほかの審査員のブレゼンを聞いて、なるほど!とそちらに票を移すこともしばしば。最後には全員が納得できるよう、合計3時間以上かけてしっかりと話し合っていたことが好印象でした。なので私も今回のすべての審査結果に納得しています。どこが良かったのかを一つ一つ説明できるレベルの理解度で帰路につくことができ、審査自体にも満足感がありました。特に団地や再販のリノベについては、私にはなかった知識と視点からの意見をたくさん聞くことができ、私自身たいへん勉強になりました。改めて今回は外部審査員に選んでいただき、誠にありがとうございました。このような素晴らしい機会に関われたこと、大変光栄に思います。
昨年10周年を経て、次の10年に向けてのスタートとなったリノベーション・オブ・ザ・イヤー2023は、88社・267作品のエントリーで争われた。
今年のアワードでは二つの変更点がある。一つは、「プレイヤーズチョイス・アワード」の新設。これは、メディア関係者が審査員を務める従来のアワードに対して、オブ・ザ・イヤーにエントリーした事業者の投票による事業者目線で選ぶアワードである。もう一つの変更は、一住戸のリノベーションの価格帯による別部門分けの改編。これまで500万円未満/1000万円未満/1000万円以上と区切っていた部門をそれぞれ、800万円未満/1500万円未満/1500万円以上と改めた。これは、昨今のリノベーション費用の高騰という市場環境の変化に対応したものだ。円安や人手不足を要因とする資材価格や人件費の上昇を受け建設費用は上昇傾向が続いており、リノベーション市場もその影響を免れてはいない。当アワードでも、ここ数年は低価格帯である500万円未満部門へのエントリーが減少し、1000万円以上部門の比重が年々高まっていた。
さて、新たな高価格帯として設けた1500万円以上部門には、それでも最多の88作品がエントリーされ、施工費2000万円台、3000万円以上といった、地方ならば土地付きで新築住宅が購入できる価格帯のリノベーション作品も珍しくない。
特にこの領域の主役は地方の戸建てリノベーションだ。1500万円以上部門で最終審査対象にノミネートされた22作品のうち14作品は戸建てである。全部門トータルでもノミネートされた戸建ては22作品と過去最高だった。この事態はコストの高騰だけで説明出来るものではなく、技術的にもデザイン的にもより高度なニーズへリノベーションが守備範囲を拡大していることを示唆している。つまり、リノベーションといえばマンション、安いからリノベーション、といった発想は完全に過去のものになっているということだ。
このような戸建てリノベーションの隆盛からは、地方の住環境の質の高さを強く印象付けられる。ゆったりとした敷地に余裕を持って建てられた平屋、贅沢なガレージを備えた趣味性の高い家、緑豊かな外部空間を取り込んだ目にも心地よいリビング、本物の建材と匠の技でつくられた威風堂々とした古民家などなど。東京や大阪など大都市では望むべくもない住環境の豊かさが、二拠点居住や移住・Uターンを惹きつけているのも興味深い。
施工費に5000万円をかけた「風通る、地域コミュニティの再編」(paak design)、登録有形文化財を再生した「登録有形文化財 江津市 古民家ゲストルーム」(ラーバン)、既存の軽量鉄骨造に増築の木造を掛け合わせた「緑とミドリ/ お家とお店」(日々と建築)など、弩級の作品がひしめく大激戦の1500万円以上部門で最優秀賞を奪取したのは、「戻す家」(モリタ装芸)である。
素材は築125年の古民家。ビフォーの画像を見る限り、軒のラインはビシッと直線を保っており構造部分の堅牢さはうかがえるものの、1階部分はかなり破損し腐朽が進んだ廃屋のよう。これを見て「残すべき使命を感じた」と言う施主の覚悟もすごいが、「一度全て取って、耐震・断熱改修した後に戻しましょう」という気合の入った提案もすごい。昨年のグランプリにあたって正統派ストロングスタイルと評させてもらった丁寧な仕事ぶりは、この作品でもいかんなく発揮されている。
改修工程はまさに提案通り、バラバラに分解した部材からの再生・再構築である。何しろ手間がかかる。しかしその手間暇が、施主の両家の家族も作業に参加して一緒に愛着ある住まいを作り上げていく物語にとって最高の舞台になっている。さらに、これだけの大仕事を2200万円で収めたコスト管理もお見事。モリタ装芸は昨年の総合グランプリに続く受賞によって、傑出した実力を見せつけた。
地方で高度なリノベーションが輝きを放つ一方で、東京・大阪・名古屋などの大都市圏においては、買取再販リノベーションの分野に興味深い進化が見られる。
周知の通り、大都市圏では近年中古マンションの買取再販に参入する事業者が激増し、市場はレッドオーシャンと言われるようになって久しい。そんな中、2023年のオブ・ザ・イヤーでは、尖ったコンセプトやデザインあるいは大幅な性能向上によって、一点モノとして差別化を狙う再販モデルの活躍が目立った。
その潮流の中で際立った輝きを放っていたのが、見事2023年の総合グランプリを射止めた「誰もが快適に過ごせる特別な高級トイレ空間『プレミアムT』」(bELI)である。
プレミアムトイレ? 正直なところ、審査員は当初この作品の解釈に戸惑っていた。エントリーされた7枚の画像はすべてトイレである。それも、居室の中になんの仕切りもされず置かれた便器を、色々な角度から撮影したものだ。まぁ確かに世の中には風呂好きがいるようにトイレをこよなく愛する人がいてもおかしくはない。東孝光の「塔の家」や清家清の「私の家」のようにトイレに仕切りを設けなかった有名な建築作品もある。いずれにせよ、これはかなり個性的なニーズを持つ施主の要望に応えた作品で、どこかコンテスト受けを狙ったエントリーなのでは、と誰もが思った。
しかし、テキストを読むとそのような戸惑いは衝撃的な腹落ちとともに称賛に変わった。この作品は、難病指定のクローン病と闘う友人をヒントに、様々な消化器係の疾病を持つ人たちの知られざる苦労を知ってもらうために企画されたリノベーションである。健常者が意識することもない「不」があることをメッセージするこの作品は、住宅設計の一般的な常識というものが、マイノリティにとってはいかに抑圧的なものであるのかを、私たちに気づかせてくれる。
さらに、そのアイデアを買取再販モデルとして実現し市場に提案した勇気は感動的ですらある。再販モデルでは中古住宅流通市場から広く買い手を探すために、コンセプトや意匠性や性能向上へのこだわりは捨て、コストコントロールを優先することが長年業界の常識とされてきた。良くも悪くも万人受けする商品として仕上げられるリノベーションは、コスパを売りにする無個性なプランになりやすい。そのため、リノベーション・オブ・ザ・イヤーでは再販モデルは不利だ、といった不満の声も聞こえてくることもある。
実際には、2018年の総合グランプリを受賞した「黒川紀章への手紙」(タムタムデザイン+ひまわり)を代表例として、以前から再販モデルで賞を争うレベルの作品は現われていたのだが、一部のニッチな特殊解と思われていたところがある。それがここに来て、大手事業者の再販モデルでも差別化戦略が採用されるにようになってきた。参考までに、この流れの中にあると思われる再販モデルの主な作品をあげておく。
「東京下町の古民家よ、再び」(コスモスイニシア)/レスキュー・リノベーション賞
「健康寿命社会 ~もう一度ふたり暮らし~」(アネストワン)/ウェルネス・リノベーション賞
「新たなラグジュアリー提案 本質的な心地よさ」(リビタ)/1500万円以上エントリー
「Workation House 〜暮らす、働く、考える〜」(はぴりの)/1500万円以上エントリー
「衣替えする家」(コスモスイニシア)/1500万円以上エントリー
「The room for “ TWO ” pt.2」(コスモスイニシア)/1500万円以上エントリー
「狭くとも深くあれ」(ひまわり)/500万円以上エントリー
「温々ヌック」(リアル)/1500万円未満ノミネート
「ルーフダイニングのある住まい」(アートアンドクラフト)/1500万円未満ノミネート
「ウェルビーイングな暮らしをたのしむ住まい」(大京穴吹不動産)/1500万円未満ノミネート
「スケルトン再販のすゝめ」(アートアンドクラフト)/1500万円未満エントリー
「ダブルリビングのある六本木の家」(ZEROTOWN)/1500万円未満エントリー
このような個性的な再販モデルの増加の背景には、レッドオーシャン化した市場での競争が間違いなくあるだろう。しかしそれだけではなく、差別化戦略を考えていくなかで、これまで業界常識として自らが封印してきた再販モデルの可能性に再販事業者が気づき始めたのではないか、と期待を込めて推察する。
封印されていた再販モデルの可能性とは、ずばり提案性である。提案性というと自由設計の請負モデルを想定しがちだが、提案性は請負モデルの専売特許ではない。請負モデルではプランナーやデザイナーの提案は目の前の施主の暮らしにフォーカスされ、提案が実現するかどうかも施主の判断にかかっている。他方、事業者が自らの意思でつくる再販モデルでは、社会・市場に向けて自らのビジョンを自由に表現して提案することが出来る。コストの制約があるとはいえ、プランナーやデザイナーの自由度は、むしろ再販モデルのほうが大きいとも言えるのだ。再販モデルではまた、単なる一物件の差別化戦略としてだけでなく、時には次の時代のスタンダードを模索するためのパイロットモデルとして開発することも可能だ。リノベーションが広く浸透するに連れて、適当な立地と妥当な価格で作れば売れた時代を超えて、再販リノベーションは提案性の時代を迎えているのかもしれない。
800万円未満部門の最優秀作品の「これからの団地リノベのあり方を問う。」(フロッグハウス)は請負モデルとしてエントリーされているものの、そのタイトルが宣言する通り、社会に向けた新しい提案をするモデルルームとして企画された作品である。
団地リノベーションの分野では、UR都市機構と無印良品がタッグを組んだ「MUJI✕UR」が先行し、累積の供給戸数を1200戸以上(令和5年3月)に伸ばすなど、事実上の“スタンダード”の地位を占めてきた。それに対して、本作品は、断熱・家事動線・地産地消を軸に新しいスタンダードを提案する。特に断熱性能の向上は最重要だろう。団地は外気に接する壁と開口面が多く、採光や通風の点で優れたハコである反面、温熱環境面では深刻な弱点を持っている。逆に言えば、団地のハコが持つ優位性を最大限活かすためには、断熱性の向上は不可欠である。室内のプランについても、ややもすればワンパターン化したきらいのあるノスタルジックな“スタンダード”に対して、家事動線の回遊性やワークスペースなど現代的なライフスタイルに対応している。
62㎡で699万円という施工費も昨今の市況の中ではリーズナブルで、再販モデルへの展開可能性も感じた。なお、本作品は今年から新設された事業者目線で選ぶオブ・ザ・イヤー、「プレイヤーズチョイス・アワード」も獲得した。
1500万円未満部門の最優秀作品賞を獲得した「アウトラインの行方」(grooveagent)は、可変性に対する斬新な提案である。ここ数年のオブ・ザ・イヤーでは、一度リノベーションでつくった住まいに家族の成長に合わせて子ども部屋をつくるなど、2度目のリノベーションをした作品のエントリーが見られるようになってきた。2021年の1000万円未満部門最優秀賞の「リノベはつづくよどこまでも」(ブルースタジオ)がその代表例だ。
家族の成長とともに家もまた成長していく、という考え方は良いのだが、次のリノベーションに手間とコストがかかり過ぎているのではないか、と本作品は訴える。その異議申し立てに対するgrooveagentからのアンサーが、将来の子供部屋のためのグリッドを決めて、あらかじめ柱材でフレームを組んでおくという提案だ。それで将来のコストを大幅に削減できるだけでなく、現状の空間に想像力をかきたてられる楽しげな意匠性と同時に使い勝手の良いアウトラインを作り出したアイデアには、思わず巧いと唸らされた。
このように仕掛けられた可変性は、仮に2度目のリノベーションをせず別の家に住み替えることになったとしても、次の住まい手を見つけやすいのではないだろうか。すなわち、合理的な可変性は、市場での流動性へ変換する可能性をも秘めている。
なんでもありの無差別級で2023年の最優秀賞に輝いた「『記憶』を刻み、『記録』を更新する『the RECORDS』」(拓匠開発)は、RCビルのコンバージョンである。ビフォーの写真から判断すると、元の建物は何の変哲もないという言葉も過分かと思われるほど凡庸な、古びた小規模のビジネスホテルだ。営業中のアピールポイントはおそらく、千葉駅徒歩圏で泊まれるバジェットホテルといった類だったのではないか。駅近に新しいビジネスホテルが増えた状況では、ホテルとしての再生は難しいだろう。そこで、この建物は小規模なオフィスと飲食・ベーカリーで構成された複合商業施設として再生された。
リノベーションの突破口は、16haもの面積を誇る千葉公園に面する立地である。ホテル時代はパークサイドを名乗りながらもその環境を活かす意図すらなく、完全に埋もれていたこの建物の最大のポテンシャルだ。公園に面した駐車場をレストランに変え、それに伴う減床のために床を抜いて各階に吹き抜けをつくり、かっこよく映える開放的な空間を創出する。リノベーションならではの逆転の発想が実に鮮やかだ。公園に直接向き合う空間は、風景を最大限取り込む形で活用されていて、シンボルツリーや多用したグリーンが公園との一体感を作り出している。
しかし、このプロジェクトにとって何より重要な変化は空間というわけではない。この建物を利用する人である。ビジネスホテル時代、この建物の主な利用者は来街者だった。地元の人にとっては、30年以上その場所に一定のボリュームを持つカタチとして存在しながら、見て通り過ぎるだけの建物だったはずである。それがリノベーションによって地域の人々が働き遊ぶ場所に生まれ変わったのだ。そのことがこの建物の立ち位置を明瞭に定め、地域における存在意義を強固なものにする。だから「the RECORDS」というネーミングが説得力を持つ。
毎年のリノベーション・オブ・ザ・イヤー審査が終わったとき、リノベ界はもうやり切ったのではないか、これ以上は過去のアイデアの焼き直ししかないのでは、というある種の放心状態にも近い感覚に囚われることがある。しかし翌年のオブ・ザ・イヤーでは、その予想はいい意味で裏切られ、新しい試みによってアップデートされたリノベーションを見せつけられる。2023年のオブ・ザ・イヤーは、ことさらそういう感慨が深い。間違いなくこの国のリノベーションは進化している。
日本で一番裾野が広い山は富士山というのは有名な話だが、裾野が広いからこそ高い頂きを持つことができるのだ。リノベーション・オブ・ザ・イヤーは、頂きの高さをもって、この国におけるリノベーションの裾野の広がりを証明している。つまり、事業者の日常の仕事こそがこのアワードを支えているのである。新たなディケイドを迎えたリノベーション・オブ・ザ・イヤーにあたって、関係者の毎日の地道な積み重ねに敬意を表したい。