ここ最近は、「断熱改修などの性能向上」あるいは「地域活性の拠点」が受賞の傾向だった。コロナ禍の2年目は、上記に加え「テレワーク」「家なかエンタメ」等が切り口として多いと予想していた。
さて結果はどうだったか。上記話題の物件も受賞したが、「デザイン」への揺り戻し感も覚えた。正確には揺り戻しではなく進化だ。コロナ禍で「クラシゴト改革」つまり仕事よりも暮らしを先に考えようという潮流が誕生。都心から離れても「心地よく」「らしい」空間を求める人が増えた。「部屋から見える景色」も加わる。「新築とは違う、既存築ならではなの個性的な空間を作る」。これがリノベの王道であることを再認識した。ちなみに今年はそその手の秀逸な作品が1000万円未満部門に集まり激戦だった。
さて作品を見てみよう。総合グランプリの「災害を災凱へ」のHASSENBA。審査員からズルいとの声が出るほど抜け目ない。九州スター軍団が集結し、球磨川の水災害から、短期間で作り上げた場は、最高のデザイン、テナントを備えた観光拠点の「復活の象徴」となった。また人吉の人が「この街がよくなっていきそう」と未来への希望を持てた「未来期待の創造」もなしえた点も評価した。イノベーション(新しい価値の創造)という語義を含むリノベーション・オブ・ザイヤーの最高位にふさわしい価値を生み出した。
次に「国交省の長期優良住宅化リフォーム補助金のおかげで」。一戸建ては構造・断熱/外観・外構まで手を入れるので集合住宅よりコストが掛かる。販売面を考えると設備や内装の修繕、駐車場の台数増を優先したくなるが、事業者としては性能改善をやるべきとのジレンマがある。そこで目を付けたのがタイトルの補助金。額は200万。これは大きい。1000万円台後半×長期優良化リフォーム再販が全国に広がることを期待したい。
最期に「Green House」一言でいえばズル賢い作品である。緑に覆いつくされた家がメイン写真にあったが、実はこれがビフォア。アフターはその緑はなくツンツルテンの外観になってる。え?と思ったが、実は耐震等級2を確保、温熱環境設計を入れUa値0.69W/㎡kと高断熱化。見た目のGreenから地球環境にも住む人に優しいという意味のGreen Houseに。おい、なぞかけかよ。ねづっちかよ。でもこの手の遊び心、編集者は大好きなのだ。
コロナ禍によって生活はさまざまな制限を受けたが、その一方で加速したオンライン化、働き方の変化はあらたな選択の自由ももたらした。また、在宅時間が増えたことで、住まいの中での家族の距離感や過ごし方を見直す流れも出てきている。今回印象に残ったのは、昨年から続くコロナ禍の混沌とした状況をプラスに転じさせた作品だ。
〝決め込まないこと〟を決まりにしてしまった「doredo(ドレド)-気軽に居場所を作り、作り直せる暮らし方ー」はまさに、職と住のバランスを模索しながら暮らす今を体現した作品。「商店街の昔ながらの家」は職住一体の暮らしを商店街のお店になぞらえて、新しいオンとオフの作り方を提示している。
家の中に娘の家をつくった「ハウスインハウスでタイニーハウス」。メインテーマは子供の成長であるが、コロナ禍を経験し、大人も子供もそれぞれの〝個の時間=空間〟を重視するようになった意識の変化も感じさせてくれた。
長期化するコロナ禍は、人々の価値観に大きな影響を及ぼしている。今回のノミネート作品をみると、リモートワークなどの行動変化を積極的に解釈した住宅や建物が多く、興味深かった。こうした変化は決して一時的な影響ではなく、アフターコロナでも加速するだろう。
コロナ禍では、コミュニケーションの在り方が問い直された。無差別級の提案では、人々の「交流」を起点とした、建物を地域に開くアイデアが目立った。部門最優秀賞を受賞した「BOIL_通信発信基地局から、地域参加型の文化発信基地局へ」がユニークなのは、ブレイクダンスの世界チャンピオンチームが練習したり、スクールを開いたりできる、ダンススタジオも併設していることだ。東京五輪ではアーバンスポーツを中心に若いアスリートたちの勢いと可能性を目の当たりにした。若い世代が集まり、地域を明るくしていく――。BOILがそんな施設に育っていくことを願う。
地域づくりという視点では、地域資源インテグレート賞「アフターコロナを見据えた、地方建築家の新たな職能への挑戦」にも惹かれた。築100年ほどの古民家を宿泊施設として再生しただけでなく、地域経済循環の仕組みづくりに取り組んでいる。最新テクノロジーを導入してチェックインからチェックアウトまで完全非接触の無人宿としたところにも「時代性」を感じた。地方に拠点を構える設計事務所が、事業計画にまで踏み込んでプロジェクトを成立させたことは、他の地域でも参考となるだろう。
2021年は、脱炭素社会への取り組みも注目を集めた。省エネリノベーション普及貢献賞「省エネリノベーションをもっと身近に」は、既存マンションのリノベーションに高気密・高断熱の省エネという新たな価値を付加するもの。1室ごとに燃費計算を行い、建材・設備をパッケージにして提供するという手法は、なかなか進まないマンションの省エネ改修に風穴を開けるものだ。ECOCUBEの先進的な取り組みをヒントに、省エネ改修が一般化することを期待したい。
さまざまなことが劇的に変わっていったこの2年。昨年は新しいと思った「テレワーク対応」や「おうち時間の充実」が、今やすっかり普通のことになってしまって、変化の早さにちょっと驚いています。
同時に変化のなかでも、自分らしい暮らしや新しいスタイルを見出しているケースも多くみられました。
そんななかで目を引いたのが「ビートルに乗ってリゾートへ? いえ、ここは団地の一室です。」。リビングの中心にVWビートルのボディを設置する大胆な発想。壁にはビーチのイラストを描き、冷蔵庫はワーゲンバス風にカラーリング、と好き放題なリノベーションで、思わず笑みがこぼれます。この部屋で育つ子どもは、「家ってこんなもの」という考え方がよその子とは全然違うものになるだろうなあ、自由でいいなあとうらやましくなります。住まいづくりでは合理性とか効率とかも大切だけど、自由さ、楽しさも忘れてはいけないとあらためて気づかされました。
もうひとつ気になったのは「暮らし方シフト2020」。都心を離れ、郊外のエレベーターなし7階住戸での自由な暮らしを選択したご家族のお宅です。こちらもちょっとだけ価値観を見直すと、広々快適、すてきな暮らしができるというお手本のようなリノベーション。社会が変化して選択肢が増えるのは素晴らしいことかも、と今回の審査会を終えて、しみじみと考えてしまいました。
2020年春から続くコロナ禍が、家や暮らしにもたらした変化を、改めて見つめる機会ともなった「リノベーション・オブ・ザイヤー2021」。
今年度提出された作品は、コロナ禍になってから構想されたものがほとんどとなり、ニューノーマルな視点がいよいよ本格的に、家づくりに反映されてきたなと感じた。
特に個人邸で見られた動きとしては、「働き方」のバリエーションが豊富になったことが挙げられる。
500万円未満部門賞「商店街の昔ながらの家」では、玄関扉を開くと、いきなり土間のワークスペースというアイデアを取り入れ、間取りにおける「書斎」の在り方の自由さを提案した。
フォトジェニック賞「古民家が継なぐ、ふたりの夢」では、憧れだった古民家で施主夫妻がそれぞれ指圧院とカフェを実現。
リモートワークの浸透とともに、都心でなくても郊外で、大都市ではなく地方でといった動きが進み、住みやすく働きやすい空間をリノベーションで作るという選択肢がよりメジャーになっていけばいいなと思う。
また、家族全員が常に在宅している時間が増えたことによる、さらなる居心地の追求だったり、個性の発揮だったりも進んだ印象。
例えばアートリノベーション賞を受賞した「凝縮した水分が残す軌迹。光と潤いのスペクトル。」では、アートの楽しみ方を追求。単に絵画やオブジェを飾るだけではなく、壁の一部をガラスにし、さらにアートを施すことで、部屋全体をまさにひとつの「作品」と見立てている。
多くの人が家の中での在り方を見直すことになった1年半あまり。インテリアや料理などの家事において、さまざまな工夫をはじめた人も多かったはず。
コロナ禍が収束して人々の気持ちがまた外に向いたとしても、せっかく持った家や暮らしへの興味を継続して持ち続けることができるよう、引き続き私たちも発信を続けて行きたい。
2020年から続くコロナ禍は様々な「ニューノーマル」と呼ばれるものをつくり出した。
昨年の総合グランプリは世相を反映し、リモートワークの未来形を提示した新しい住まいのリノベーション事例だったが、2021年のエントリー・ノミネート作品には、それに続く事例が多く出てきていた。
まさにリノベーションは、時代と暮らしと住まい方を反映した"カスタマイズ"になっていることがうかがえる。今年の総合グランプリは、「災害を災凱へ」。球磨川の氾濫で痛みを負った地域の人々とともに未来を感じさせる見事なリノベーション事例が選ばれた。
住まいの事例では、サスティナブルにカスタマイズし続ける例が、1000万円未満の部門最優秀賞である「リノベはつづくよどこまでも」。すでに同じ住まいの2回目のリノベーションだというこの事例は、成長する家族と住まい方の変化に様々なツールを活用しながらカスタマイズを繰り返していく事例。エントリーの写真で"長年お世話になった壁にサヨナラの落書き"をするお子様の様子が愛らしい。
愛着をもって再度住まい方を見直したうえでのリノベーションであることが見える。
また、特別賞の中から事例を2つ紹介したい。
ひとつは500万円未満の「穏やかな瀬戸内とともにある日常」。
昔ながらの3LDKを海が見える立地をフルに生かし、寝室からも海が臨めるリノベーションに仕上げた。獲得した賞の名前は、まさに、の「絶景リノベーション賞」である。
もうひとつは「1000万円以上の「中山道脇のロングライフシンボル、町並みを応援する家」。
住まいの中も地域の素材や職人を使ったという木のぬくもりが気持ちのよさそうなリノベーションなのだが、物置化していたという広縁を軒下空間のある縁側にし、外から眺めても街並みに映えることを意識したという。エントリーのコメント"中山道の町並みにあきらめないリノベーションを伝えたい"というコメントの通り「地域貢献リノベーション賞」を獲得した。
いずれも、住まいの「内」だけでなく「外」にも目を向け、その相互の影響を採り入れたリノベーションである。
個人的な感想では、例年よりもよきにつけ悪しきにつけ、個人の趣向を大きく反映させた驚くようなキワのリノベーション事例が少なかった印象はある。
コロナ禍で在宅時間が増えたからか、リノベーション自体が王道の暮らしに定着をしてきたからか……。
さて、来年はどうなるのかな、とまた楽しみになった。
はじめて参加させていただいた2019年の選考では、デザイン的にも性能的にもリノベーションの全体の質が底上げされ、リノベーションの社会的意義もより明確になってきた、という印象を受けました。
今年のグランプリ受賞作である「災害を災凱へ」も、リノベーションの社会的意義の明確さが、その受賞の最大の理由。誤解を恐れずに言えば、社会に向けてメディア的な役割も持つリノベーションの完成形なのではないでしょうか。
一方、メディアとしてのリノベーション大賞から見れば、全体としては、個々の事例を差別化し評価することが難しくなってきているのを感じます。それは、作品的、野心的リノベーションの割合が減り、(必ずしもわかりやすいものではない)個人の趣向や暮らしの多様化、そして住宅性能に寄り添ったリノベーションが増えたから、リノベーションがより成熟したから、とも言えるのでしょう。
今回の受賞作の中の、「都市型戸建てを再構成する。」や「目黒本町の家」は、都市の中の古い住宅を、安心して住まえる性能を付与しつつ再構成する、という今後大いに必要とされるケースの代表例。これまでの間取りから自由になることで、より自由な住まいかたが可能となっているのにも注目したい事例です。
地方都市において実現したということがより評価された「Blank〜ワークライフバランスからワークライフシナジーへ〜」も、古いビルの空間と、地方都市の人流を再構成するもので、この先の展開が気になる事例です。
今の住まいを再構成してより良い住まいにするのがリノベーションなら、そのリノベーションされた空間もまた、暮らしや社会の変化でまた再構成していく必要があるのは言うまでもありません。求められているのはお仕着せの間取り、作品的空間、隙なく完成された空間ではなく、変化の激しい暮らしや社会に対応できる持続的な空間。応募作品の中にも、持続的にリノベーションと関わっていく意思を感じる住まいが、少しずつ増えているのを感じました。
受賞作「リノベはつづくよどこまでも」、このタイトルの言葉がより身近になる日は近いような気がします。選考委員にとっては大変な時代ですが(笑)
リノベーション・オブ・ザ・イヤー2021にエントリーされた228作品は、ほとんどすべてコロナ禍において計画されたものだ。そのため今年のオブ・ザ・イヤーは、アフターコロナの住生活の方向性を占うまたとない機会となった。コロナ禍をきっかけに私たちの住まい方がどのように変化するのか。コロナ禍に対するリノベーションからのリアクションの中に、いわゆるニューノーマルな住生活の輪郭が浮かび上がってくるのではないか。最終審査の会場は、そんな期待に包まれていた。
はたして、500万円未満部門で最優秀賞の授賞作品「商店街の昔ながらの家」(ニューユニークス)と、1000万円以上部門の最優秀賞の「都市型戸建てを再構成する。」(アートアンドクラフト)は、まさにコロナ禍時代を象徴する作品だった。ともにワークスペースに特徴があるプランである。
実はリノベーション住宅の分野では、コロナ前からワークスペースを設えることは珍しくなかったのだが、もろにコロナ禍の影響を受けた今回、ワークスペースを強調する作品が一気に増えた。その中でこの2作品におけるワークスペースは、プライベートな生活空間から切り離すことを重視したところが特徴的である。おそらく一気に普及したウェブ会議が、ワークスペースをより独立した空間にする必要性を生んだと思われる。仕事柄ウェブ会議の多い審査委員にとっても納得のプランであった。
興味深いのは、どちらも商店街の店舗併用住宅にアイデアの源泉があったと述べていることだ。歴史を振り返ると、日本の庶民の住宅はもともと職住が一体化した暮らし方を前提としてつくられていた。農家しかり、商家しかり、職人(居職)の家もまたしかりだ。ワークライフバランスという言葉があるが、かつて日々の暮らしは、ワークとライフが渾然一体として成り立っていたのである。それが近代化にともない勤め人の割合が増えていくなかで、住宅から働く機能が分離し、仕事に特化した職場との間を毎日往復するライフスタイルが一般化した。ところが不意のコロナ禍によって、かねてから待望されていたテレワークが一気に浸透し、住宅において住む機能と働く機能を再統合する流れが生まれた。この2作品は、住まいのニューノーマルを考えるときに、1つの参照点として位置づけられるだろう。
コロナ禍がもたらした住宅への影響はワークスペースだけにとどまらなかったようだ。今回のエントリー作品・ノミネート作品を最初に俯瞰的に眺めたとき、印象的に目に止まったのはリノベーションの素材となるハコに個性的な特徴があるマンションの多さである。ざっと粗く拾い上げれば、例えば以下のような作品があげられる(漏れたものもあるかもしれない)。
1.天井高にゆとりがある、またはメゾネットやスキップフロアのマンション
2.窓一面に広がる海や緑など眺望の良いマンション
3.ルーフバルコニーなど広い屋外空間を持つマンション
リノベーションでは手を入れることができない、ハコの素質を重視した物件選びがなされたということだが、この傾向もテレワークの浸透が後押ししたものと思われる。毎日通勤しないのであれば、都心から多少離れても、最寄り駅から多少遠くても、それよりも日常を居心地のよい空間で過ごしたい。従来の交通利便性史上主義的な家選びの陰で妥協されがちだった住空間の質への欲求が、物件選択眼の解像度を高めたということだろう。また、ここ数年のオブ・ザ・イヤーのトレンドである性能向上リノベーションも定番化した感がある。やはり在宅時間の増加によって、温熱性能やエネルギーコストに対する意識が高まっているのは間違いない。
無差別級で最優秀賞を獲得した「BOIL_通信発信基地局から、地域参加型の文化発信基地局へ」(リノベる)もまた、テレワークの普及を背景に成立した作品と言える。都心の職場への通勤が減りワークとライフが空間的に近接・融合していくのに歩調を合わせるように、これまで都心で調達されていた遊びや交流もまたライフの近くへ戻ってきたのである。この作品は、コロナ禍をきっかけに起こる都市生活の変化の予兆を捉えたものとして象徴的だ。
リノベーションでは、建物のエントランスに付け加えた大階段とオレンジ色の庇が既存建物の閉鎖的・権威的なイメージを消し、フロントヤードにキッチンカーとテーブルを並べることで、ストリートに楽しげで期待に満ちた風景をつくることに成功している。再生プロジェクト全体としては、ダンススタジオやブリュワリーなど魅力的なコンテンツ集めに比重があったのは間違いないだろうが、こうしたハードの工夫が施設のキャラクターつくりに大いに貢献している。
アフターコロナの時代にもテレワークが一定程度は定着するならば、郊外の住宅地でもこのような小ぶりの複合施設のニーズが高まっていくはずである。
1000万円未満部門の最優秀賞「リノベはつづくよどこまでも」(ブルースタジオ)は、コロナ文脈とは違う理由で選出された。当然だが、世の中コロナだけじゃないのだ。
この作品は、14年前に同社でリノベーションしたマンションの2度目のリノベーションである。家族4人(と猫)が暮らすとなると、68㎡では少々手狭であろう。この家の場合なら、最初のリノベーションの時につくったエントランスの資料室兼ギャラリースペースを潰して子ども部屋をつくるのが合理的なソリューションだろうし、実際当初はそのつもりだったようだ。しかし14年間そこに暮らしてきたご家族はそうは考えなかった。一見もっとも不要不急・余剰とも言えるこの空間こそが家族にとって大切な場所と考え、ここを残して子ども部屋の床を捻出することになった。まったく、これだからリノベーションは面白い。
既存のベッドールームの場所につくった子ども部屋とワークスペースは、横面が開いた箱のような造作で仕切られ、階段箪笥状の収納で登った上には子どもの遊び場、その下には昼寝用のベッドスペースと、上下で異なる空間を生み出している。そして、ワークスペースは将来もう一つの子ども部屋になる予定、と次のリノベーションを見据えたものだ。高さ軸も使った空間創作の鮮やかさに加えて、家は一度つくって終わりではなく、家族の成長やライフスタイルの変化に合わせて何度でもアップデートされていくべきだ、というメッセージ性も高く評価したい。
さて、全体的にコロナ禍が大きなテーマとなった中、2021年の総合グランプリに輝いたのは「災害を災凱へ」(タムタムデザイン+ASTER)である。本作品は、2020年7月の豪雨により洪水被害を受けた熊本県人吉市において、観光施設「球磨川くだり発船場」をリノベーションで再生したものだ。
一見、本作品はコロナとは無関係のように思うかもしれない。しかし、HASSENBAが観光レジャー施設である以上、コロナ禍と切り離してこの作品を見ることはフェアではない。コロナ禍において政府や首長、あるいは感染症の専門家やマスコミは、外食や観光・レジャー、芸術、芸能、スポーツなど、いわゆる“遊び”とみなされる活動を、さしたる根拠もなく不要不急と切り捨てたことを思い出してもらいたい。HASSENBAは、もっとも強烈にコロナの逆風が吹いた分野でのリノベーションなのである。関係者がどれほどの決意で再生プロジェクトにあたったのか、胸が熱くなる思いだ。
日本三大急流に数えられる球磨川の歴史は、災害の歴史でもある。長い歴史を通して川はたびたび氾濫を繰り返し、ときに流域に甚大な被害をもたらしてきた。その紛れもない事実の一方で、球磨川くだりは実に100年の歴史を持つ。つまり球磨川の歴史は、遊びの歴史でもあるのだ。平時は穏やかな翠色の流れは、経済的にも精神的にも地域に恵みをもたらす資源であり、人々は長い歴史を川とともに生き、そして川を遊んできた。
私たち人間は「ホモ・ルーデンス」だ。ラテン語で「遊ぶ人」の意味である。文化史の古典中の古典を著した歴史家ホイジンガは、遊びこそが人間活動の本質で、古今東西人類が育んだあらゆる文化は遊びから成立したと言う。遊びを不要不急のものと退ける理不尽が正当化されるならば、人間は本質を失い、文化は衰退するほかないのだ。HASSENBAの再生は、コロナ禍でひどく軽視された私たち人間の本質にもかかわるものである。突き詰めて言えば、HASSENBAが再生したのは、洪水被害に追い打ちをかけたコロナで折れかけた地域の人の心、あるいは地域の文化の源なのだ。
損傷を受けた建物のリノベーションにあたっては、本瓦の大屋根とガラス張りのカーテンウォールを組み合わせ、新旧を対比させることで風景の記憶をつなぎつつ再生を謳い、砂や流木を埋め込んだ応援の壁は被害をもたらした土砂のイメージをポジティブに反転させる。大屋根に開いたテラスは、ときに凶暴に災いをもたらす川から目を背けることなく、それでもここで生きていくという覚悟をコミュニティのアイデンティティに刻む。
圧巻のリノベーション、文句なしの総合グランプリである。なおタムタムデザインは、今回で最多3回目のグランプリ授賞となる。
さて、今年のリノベーション・オブ・ザ・イヤーを総括すれば、やはりコロナ禍へのリアクションが大きなテーマとなったことは間違いない。多くの場合、リノベーションプランの与件となったのはテレワークの浸透である。テレワークはまず、ワークスペースの設置というかたちで職住の接近・融合を引き寄せた。また同時に、大都市圏の家選びにおける通勤利便性至上主義に修正を加えた。通勤利便性至上主義の修正は都心の引力を弱め、物件選びの選択肢を拡大する。通勤時間のように単一の客観的な物差しによる拘束が弱まるに連れ、ライフスタイルは各人の主観的な価値観に委ねられる部分が大きくなり、これまで抑圧されていたしたい暮らしの実現が一人一人の手に解放されていく。そこから始まる住生活のニューノーマルとは、だから、決して新しい別の“標準的”な住生活ではなく、“非標準的”な多様性に開かれた可能性のことなのである。改めて強調するまでもないかもしれないが、それはリノベーションの得意とするところだ。
また別の角度から述べれば、ニューノーマルの核心は、自宅および自宅周辺で過ごす時間の増加にある。そのことは、住空間に身体的・精神的な快適性を求め、徒歩圏のまちに交流や余暇の楽しさを探す強い動機を生む。昨年と今年はコロナ禍へのリアクションとして語られたことは、やがて、住宅やまちのあり方の再構成を通して、住む人の幸福度を高めるアイデアとして語られることになるだろう。
来年、リノベーション・オブ・ザ・イヤーはとうとう10年目を迎える。大きな節目に、リノベーションはどんな住まいの幸福を見せてくれるのだろう。リノベーションの進化が今から楽しみである。