古来より、「暗さ」の中に餘情を見出してきたように、影が堆積するこの空間を介して日常で見えないものを想像し、聴こえないものに聴き耳をたてる。改修という特性上、絶対現実として現れる既存空間の大きさや輪郭、それらを揺さぶる影そのものに住まうことを考えました。
日中、南窓から逆光化した眺望が影に借景として現れ、暗がりに風景が浮かび上がり、日没後には闇夜で充填され、影ごと部屋の半分が消えます。時間とともに影の濃淡が変化し、日常に奥行きをつくるこの場所を“翳間”と呼ぶことにしました。
施主の要望は「土足で使える広い場所」と「コンパクトな生活空間」でした。前者には翳間を活かし、それに接する線分が長くなるよう、南北方向に居間、寝室、水廻りを設えました。翳間は躯体を現すことで気積を最大化し、光・風が影の中を通り抜ける「内でも外でもある場」として設計しています。生活の中で行き来する翳間は、他の場所にアクセスするためのひと続きの開口部のような役割も持ちます。仕上げには檜合板を使い、耐久性を確保するとともに、白い木肌に自然光を纏わせ、翳間の暗さとの対比を強調しています。生活空間は、翳間より床を20cm高く、天井高を1.9mと極限まで低くし、暗がりの中に生活行為が光の背景として浮かび上がる効果を狙いました。
暗がりが持つ奥行きの中に、きっと新しい居心地を発見していくことでしょう。
BEFORE
半世紀前に建てられた集合住宅の一室を改修したリノベーションプロジェクト。
かつて大名小路であった宮城県仙台市の片平丁通りに面する地上7階建ての建物は、河岸段丘の河川と接した高低差のある崖地に建ち、部屋からは仙台の象徴である広瀬川と青葉山の美しい風景が広がります。
もともとの間取りは和室と洋間からなる4Kタイプで、南側の和室は明るい一方、北側の水廻りは暗く、明暗のコントラストが強い状況でした。南側の眺望を最大化して室内に取り込むため、東西に分割していた雑壁を解体してみると、南側に集中していた自然光が分散され、既存躯体そのものによって暗がりをみせる、大きな影が際立つワンルームが現れました。
この「影」に新たな可能性を見出し、限られた予算の中、最小限の操作で施主の要望を適える空間を模索しました。