2026.08.30
向坂建築設計事務所
ここは錦糸町。下町の活気と、どこか懐かしい温もりが息づくこの街に、長く住まいとして時を重ねてきたマンションの一室があります。畳を敷いた和室に、リビング、洋室。それぞれが壁で仕切られた、80年代の分譲マンションらしい刻んだ間取りです。飾り気のない標準的な設えが、55.98㎡の専有部いっぱいに広がっていました。窓辺には、ささやかな出窓。梁の通ったしっかりとした構造が、この住戸の芯を静かに支えています。個室に分かれたこの構成は、裏を返せば、まだ見ぬ大らかな一室へとひらける"余白"でもありました。素のままのこの箱に、どんな温もりを宿せるか。既存の構造を丁寧に読み解きながら、その価値をどこまで最短距離で引き上げられるか。そして賃貸ゆえに10年20年と様々な人々に愛される空間を提供出来るか。賃貸の新たなステージへの挑戦と物語が今はじまる。
今回のプロジェクトは、天井に引いた一本の線から間取りを紐解いています。一般的なリノベーションでは壁の位置を先行させますが、ここではその順序をあえて逆にしました。スケルトンとなった無垢な箱に、躯体の梁を読み解きながら一本の斜め軸を通す。その線こそが、新たな間仕切りの位置となります。壁や床は素直な素材で静かに控え、デザインの力を天井へ深く集約させました。
モチーフは、法隆寺・五重塔の「垂木(たるき)」です。幾重にも重なる木のリズムと軒を持ち上げる錯視効果を天井ルーバーで現代へ再構築し、空間に実際以上の高さと深みを与えました。色彩には、社寺建築を象徴する朱色と、やわらかく寄り添う柿葉色(かきばいろ)を採用。強い色調ながら心落ちつくのは、時を重ねるほど味わいを増す和の伝統色だからです。
軸線を境に分かれた二色のルーバーは、寄り添う一対の翼「つがい」を表現しています。天井の一本線が住まいの骨格を決定づける構成は、ブレない軸を受け継ぎ新しい形を紡ぐ思想のあらわれ。100年を超える歴史を紡いできた施主の「継ぐ」という想いを、間取りそのものに宿しました。
この部屋は完成形ではなく、ひとつの「型」です。起点を読み解き、真摯に線を引く。特別な技術を要しない汎用性の高いこの型を施主様や工務店が引き継ぐことで完成し、それぞれの答えを見出していただければ幸いです。
| 費用 | 1300万円(税込) | 物件種別 | マンション |
|---|---|---|---|
| リノベーション 形態 |
リノベーション賃貸 | 家族構成 | 二人暮らし |
| 築年数 | 39年 | 面積 | 55.98㎡ |
| 施工期間 | 3.5ヶ月 | 構造 | SRC造 |