2026.08.22
株式会社まごころ本舗
大正二年(1913年)創設、旧児玉医院。
医院棟・診療棟・台所棟・座敷棟・土蔵からなる建物群である。
当時、佐渡島内で入院設備を持つ医院は三つだけで、報告書は「島内の医療において先駆的な役割を果たした」と記す。 医院が閉じたあと、建物は長く使われないままだった。平成28年、一級建築士事務所アトリエ緑により現況調査を実施。
全36ページの報告書に、柱傾斜状況説明図、亀裂状況説明図、復原平面図が収められた。
この調査で板図が見つかり、建物群が当初計画に基づき一体的に建てられたことが判明する。
この建物で最も特徴的なことは、洋館と日本家屋が一体として計画され、屋内の連続した廊下で繋いでいる点である。
ただし、現状はピンクで塗装された外観、塗料は剥げ、庭は草に覆われ、下見板は褪せ、雨漏りの跡が残り、柱は傾き、土壁は落ちていた。
「病室落成 入院治療ノ需メニ応ズ」
大正五年、佐渡新聞にこの家の広告が載った。外科医・児玉喜平治が創設した児玉医院、佐渡で入院可能な三医院の一つである。
家には一枚の板が残っていた。「板図」。医院棟・診療棟・台所棟・座敷棟の平面と起工時期、柱や梁の番付までが記された、大正二年の設計図である。増築を重ねてこの形になったのではない。一人の医師が、五棟の建物を最初からこの規模で建てると決めていた。だから私たちはこの工事を「再生」ではなく「続きを書く」と呼んだ。
基礎の無い石場建、伝統構法・土塗壁という特性を踏まえ、耐震と制震を併用。制震ダンパー29本により、層間変形角を1/9から1/30まで改善した。意匠を犠牲にせず、見えないところで建物を守る選択である。
医院棟はレストランと客室へ、座敷棟は客室へ。本座敷・小座敷の欄間や床の間はそのまま残し、洋館は最初期の色を再現した。板図の番付は尊重し、動線は当時の間取りをなぞる。宿泊客とレストラン客の動線も分けて計画した。
用途は変わっても、棟の輪郭は消していない。「診療場」と呼ばれた部屋は、いま客室である。佐渡の人口は減り続け、古い建物は使われなくなれば消えていく。だがこの家は、いまの用途に合わせて使い続けることができた。
現在、登録有形文化財として申請を進め、板図の余白を埋めていく。
| 費用 | 5400万円(税込) | 物件種別 | 一戸建 |
|---|---|---|---|
| リノベーション 形態 |
中古を買ってリノベーション | 家族構成 | その他 |
| 築年数 | 113年 | 面積 | 488.67㎡ |
| 施工期間 | 8カ月 | 構造 | 木造 |