2025.09.16
向坂建築設計事務所
 
                                既存住戸は、新百合ヶ丘に建つ築10年ほどの分譲マンションの一室である。耐震等級2を有し、建物自体の安全性と耐久性は高く、長期的に安心して暮らすことができる。解体の過程においても躯体の健全性が確認され、その堅牢さが改めて信頼感を与えていた。さらに、地面に面した大きなバルコニーを備え、周囲には緑豊かな環境が広がっており、新百合ヶ丘らしい落ち着いた住環境を享受できる点も特筆される。間取りや設備も健全で、分譲マンションらしい安定感を備えていた。一方で、その均整の取れた構成は安心感をもたらす反面、住まい手の感性や世界観を映し込む余白は限られていた。本計画では、この信頼性の高い基盤を尊重しながら刷新を行うことを目指した。
住まい手の「絵本のような世界観を出したい」という言葉から、この住まいは始まった。絵本の解釈とは、手描きの線や水彩の滲みに加え、適度な余白や想像の自由があること。その曖昧さを建築に置き換えることで、直線的で均質な住宅とは異なる、新しい空間表現を目指した。
床は水彩の下塗りのようにムラを残すモルタル仕上げとし、輪郭は角を落としRを施すことで、滲むような柔らかさを体現した。色調は真っ白ではなく、くすみを帯びたベージュがかった緑。光や時間の移ろいに応じて淡く変化し、日常にやさしい物語性を与える。
既存の建具やディテールは雰囲気を縛る要素であったため取り払い、骨格を最小限に整えるにとどめた。その上で住まい手の感性を受けとめる余白を残し、最小限の手数で空間全体を刷新している。
リノベーションの行為は、しばしば個人の感性を体現するものとして語られる。しかし、その先に社会的な広がりがないわけではない。感性を深く掘り下げることで、人が本来持っている原体験や普遍的な感覚に触れることができるからだ。それは、個の物語にとどまらず、多くの人に共感される風景へと開かれていく。絵本に触れたときのように、誰もが心の奥に覚えている感覚を空間として立ち上げること――そこにリノベーションの可能性が広がっていると感じている。
| 費用 | 1225万円(税込) | 物件種別 | マンション | 
|---|---|---|---|
| リノベーション 形態 | 中古を買ってリノベーション | 家族構成 | 一人暮らし | 
| 築年数 | 16年 | 面積 | 70.01㎡ | 
| 施工期間 | 3.5ヶ月 |