2025.09.15
向坂建築設計事務所
 
                                参宮橋に建つ1980年代竣工の集合住宅の一室は、過去に一度リノベーションが行われ、内装は時代に合わせて更新されていた。それでも折上げ天井や木製建具、キッチンなど、宮脇建築の良質なディテールは大切に残されていた。光を受けて陰影を生む天井の奥行きや、木建具の質感、窓まわりの納まりには、時間を経ても揺らがない設計の力が感じられた。一方で水回りや内装の一部は老朽化が進み、現代の暮らしには十分ではなかった。既存の状態は、保存と更新が同居するバランスの上にあり、過去の住まい手が建築の意図を尊重しながら暮らしに合わせて調整してきた痕跡を示していた。そして売主も買主も建物を大切に残したいという思いを共有しており、その視点の継承から、専有部から建物保存の可能性を感じることができた。
本計画は、専有部から建築保存を試みるプロジェクトである。本建物は宮脇檀が設計した集合住宅の一室であり、実は宮脇建築であるという事実はまだ世間に知られていない。今回の改修は、その背景を再評価し、日常の暮らしに潜む建築的価値を浮かび上がらせる試みである。その感覚は、古着屋で偶然仕立ての良い服や名作に出会う体験に近い。普段から美術や衣服に感度の高い住まい手が、この価値を見出したことも大きなきっかけとなった。空間構成では既存のプロポーションを尊重し、折上げ天井や建具を残し、キッチンも最小限の設備更新にとどめた。水回りは劣化が進んでいたため更新している。また共用部エントランスに使われていた玄昌石を専有部の床に採用し、素材を通じて建物全体と呼応させた。リビングと個室の間には木格子の回転扉を設け、光や視線を操作して空間を切り替え、生活シーンに変化を与える間仕切りとした。閉じれば落ち着きを、開けば広がりを生むこの仕掛けは、流動性や開放感を重視したモダニズムの思想を現代に引き継いでいる。そして専有部を個人の感性にとどめず、建物の文脈を理解して設えることが重要だと考える。それは過度な工事によるダメージを抑えるだけでなく、居住者が文化施設に暮らすような意識を育み、修繕への姿勢につながる。こうした見方が、これからの専有部リノベーションに求められる考えの一つではないだろうか。
| 費用 | 1600万円(税込) | 物件種別 | マンション | 
|---|---|---|---|
| リノベーション 形態 | 中古を買ってリノベーション | 家族構成 | 二人暮らし | 
| 築年数 | 41年 | 面積 | 72.88㎡ | 
| 施工期間 | 3.5ヶ月 |