岩手県の中央に位置する遠野市はかつては沿岸と内陸を繋ぐ交易地として栄え、物件がある一日市商店街では数字の『一』がつく日には市が立ち馬千頭・人千人が行き交い賑わう場だったと言われていた。しかし時代の変遷と共に現在では若年層の流出・高齢化が進み現在は3万人を切る消滅可能性都市となった。かつて栄えた商店街も今となっては昼夜ともに歩く人は少ない。しかしそんな商店街に新しい風が舞い込んで来た。〝地域〟を舞台に新しい働き方や生き方に挑戦しようとする人々をコーディネートするプロジェクトNext Commons Labがこの一日市商店街に拠点を構えることとなったのだった。これを機にエンジニア・デザイナー・大手企業のマネージャー経験者・広告代理店出身者など多様な経歴や技術を持つ人材が商店街を中心に往来しはじめることとなった。今では彼らが生み出した仕事や関係性が更なる人々を呼び込み始めている。今回手がけた物件はかつて遠野にあった『文武修行宿・信成堂』の現代版と言えるかもしれない。文武修行宿は18世紀末から19世紀はじめ絵師や文人など技術を持った人達が自らの技術を地域の人達に教え伝える代わりに宿泊ができる画期的な仕組みを持った宿だった。この物件も同じく1Fは人々が教え学び合う場・2Fは宿泊ができる場所として蘇った。知恵の交換により育まれる人間の創造力こそ最大の資本とした歴史をなぞらえる場所になるだろう。
BEFORE
築50年、空き店舗になって20年が経過した木造物件を手がけました。かつて沢山の地域の人々が出入りしていた建物が持つ文脈を受け継ぐシンボルとして、以前の店舗で使用していた氷式冷蔵庫はそのまま残しました。設計をした小室下司建築設計事務所は、空間の方向性を決めるための設計協力を行い、設備工事が終わってからは大工仕事が得意な地域の方や、地元の若者達の協力を得ながら改修を進めました。また、2階の宿は−10度以下になる厳しい遠野の寒さに耐えられる様に、断熱性の高い塗料(GAINA)を塗布して仕上げました。清潔感のあるオフホワイトの壁面は建物の雰囲気を壊すことなく仕上がりました。