







京丹後市峰山町。夕食の時間、6人の子供たちが食卓を囲む。以前は法人内施設の1フロアを間借りし、誰にも個室がなかった。感情の行き場がなく物にあたる子、夜遅くまで帰らない子もいた。
児童養護施設の設計では、職員の動線や管理のしやすさが優先されがちだ。しかしここで大切にしたのは、働く職員も暮らす子供も、この家で食事し笑い悩み休む「生活者」だという視点。職員と子供達にも何度もヒアリングを重ね、みんなの暮らしたい家づくりを心掛けた。
6つある個室はそれぞれ異なる仕上げとし、自分の部屋という意識が生まれるようにした。新設階段下は子供が一人転がれる狭くて暗い「でん」にして、クロスするように既存階段があり、その先には秘密の小部屋もある。玄関は友達が来てもたくさん靴を置けるよう土間を広くしている。
キッチンからリビング・小上がりを見渡せる配置で、職員は家事をしながら子供達を見守れる。小上がりは障子で個室にもなるが、閉じたすぐ向こうに誰かがいる。「一人」にはなれても「一人ぼっち」にはならない。リビングか小上がりか個室かでんか、その日の気持ちで居心地の良い場所を選べる家としている。
通り側の印象的な外観は地域に愛された元の姿をなるべく残した意匠としている。
また、ここができるまで夜帰ってこなかった子が、毎日決まった時間に食卓を囲んでいる。といううれしい話も聞いている。
BEFORE
京丹後市峰山町、住宅街の一角。築100年を超える古民家は、所有者が京丹後を離れて以来、買い手もつかず長く空き家となっていた。庭は手入れされずジャングルのように茂り、一部には小火の跡も残る。かつては地域に愛され、周囲がアパートや新しい家に建て替わる中でも時間を止めたように残っていたこの建物は、いつしか防犯・安全面で地域に負担をかける存在になっていた。
一方、みねやま福祉会の児童養護施設では、9割以上が虐待を受けた経験を持つ6人の子供全員に個室を用意できずにいた。強い不安やトラウマを抱え周囲の刺激に敏感な子も多く、感情を抑えきれず物にあたりガラスや壁が壊れることもあった。中高生は夜遅くまで帰らず、職員が深夜に探しに出ることも珍しくなかった。
地域住民から「この家を福祉会で何とかできないか」と声がかかったことが、地域と子供達、二つの困りごとをつなぐきっかけとなった。

