







忙しく生きる現代人にとって、家は本当に休まる場所になっているのか。
我々は、「落ち着く」という感覚を追究することから始めた。手がかりは、ご家族が旅先で出会い「もう一度訪れたい」と語ったホテル雅叙園東京。訪れるだけで肩の力が抜けていく、その心地よさだった。
私たちは、感性と理論の両面から「落ち着き」の正体を探ろうとした。
視線の抜け、光の移ろい、素材の陰影を一つひとつ丁寧に観察し、さらに人の視界に占める木の割合を示す「木視率」という数値の視点からも検証を重ねていった。
その分析を住宅へと翻訳し、家族が自然と集まる居の間へ。あえて斜めの壁を配置し、視線を緩やかに誘導し、一つの空間に身を置きながらも、それぞれの居場所を感じられる構成とした。
書に親しみ、音を愉しみ、家族と語らう。ただ、そこに身を置く。ここに生まれたのは、雅叙園を再現した住まいではなく、ご家族の記憶に残る「居心地」を建築として再編集した邸宅である。
その後、ホテル雅叙園東京は休館を迎えた。心を動かした場所も、いつか失われていく時代を生きている。けれど、探り当てた「落ち着き」の本質は、住まいという形に翻訳すれば、暮らしの中に受け継いでいくことができる。
だからこそ住まいは、消えていく風景を受け継ぐ器になれるはずだ。
この邸宅は、あの日感じた「落ち着き」を、静かに「刻(とき)」として纏っていく。
BEFORE
歳月を重ねてきたこの家には、家族の暮らしの記憶と、なお住み継ぐべき確かな骨格が息づいていた。間取りや設えは時代を帯びていても、その価値は色褪せていなかった。
一方、仕事に追われる毎日の中で、家族と同じ家にいても、それぞれ別々の場所で過ごす時間が増えていく。ご家族が望んだのは、広い家でも、寄り添う暮らしでもない。落ち着いて過ごしながら、家族の気配を感じられる。そんな「ほどよい間」が保たれた住まいだった。
既存の間取りを見直す中で、二階に一室分の余白が生まれた。これを「余った部屋」ではなく、家族が自然と集まる居場所として生かせないかと考えた。
そこから、二階に「居の間」を設けるという選択が生まれた。手がかりは、ご家族が「もう一度訪れたい」と語っていたホテル雅叙園東京。旅先で感じたあの「落ち着く」という感覚を、非日常ではなく日常へ——それが、この家に託された問いだった。

