







ひとり分の暮らしに、なぜ「たくさんの居場所」が必要なのか。このリノベーションはその問いに、部屋を減らすのではなく増やすという、まっすぐな答えを出した。家の真ん中には、半円形カウンターのオープンキッチンをどーんと据えた。お菓子をつくる人と、そこに集まる人の視線が自然につながる形で、キッチンは「料理する場所」から「人と人がつながる場所」へと変身している。 教室を開けば生徒さんとおしゃべりしながら手を動かせるし、友人が来れば料理しながら会話できるし、家族が集まれば自然と食事が始まる。この賑わいを支えるのが、道具を一つひとつチェックして組み立てた背面収納・カウンター下・パントリーまで含む細やかな収納計画。その先にはL型ソファで映画や読書を楽しむリラックススペース、元々は和室だったところには、ワークスペースと必要以上に大きくしないベッドスペースを配置した。かつての子ども部屋は、ライブラリーとシネマスペースに生まれ変わり、ふだんはSさんの居場所、子どもたちが帰ってくれば家族の居場所に戻る。 リノベーション後、友人が前よりずっと頻繁に遊びに来るようになり、娘の友人たちが子どもを連れてまでごはんを食べに来てくれるように。家を変えたら、つながる人の輪まで広がった。人生の後半は「縮める」ものじゃない。もう一度、暮らしを広げていい。この家は、静かにそう語りかけてくる。
BEFORE
「ただいま」と帰ってくる人がいなくなった家に、まだ意味はあるのだろうか。子どもたちは独立し、両親も見送った。Sさんが暮らすマンションは、かつて家族4人で過ごした住まいだったが、いまはひとり暮らしの家になっている。
この変化は、Sさんだけの話じゃない。単身世帯が増えるいまの日本社会の姿でもある。「家族が減ったら住まいも小さくすればいい」という考え方は根強い。子育て期に部屋を増やし、子どもが巣立てば個室が余り、最終的には「ひとりならこのくらいで十分」と縮めていく発想だ。
この家は壁式構造で、間取りを大きく変えられない。子ども部屋は「余った部屋」のまま、キッチンもただ料理をする場所だった。でもSさんには、お菓子作りをまた始めたい、友人を呼びたい、子どもたちが帰ってきたらみんなで過ごしたい、という気持ちがあった。「ひとり暮らし=縮めること」じゃない。

