リノベーションのテーマは三つ。第一に、この絶景をどこからでも味わえるようにすること。第二に、空間をぐるりと囲むモールディングを活かすこと。第三に、暮らしやすく片付けやすい収納を整えることでした。
LDKとゆるやかにつながる寝室やヌックは、ダイニングやソファの配置を工夫し、どの場所からも光と景色を楽しめる設計に。小さな引き戸は吊戸収納に再利用し、開き戸はカウンター下の扉へと転用。さらに、真鍮バーや鈍い光を放つスイッチプレートも再利用することで、この住まいが持つ素材と意匠を活かしながら、新たな暮らしへと繋げました。収納は扉をあえて設けず、パントリーやウォークインクローゼット、玄関の靴収納をオープン棚とすることで、一目で把握でき、出し入れもスムーズに。暮らしの利便性と住まいの個性が調和しました。
かつては「外からの視線が気になり、カーテンを閉め切っていた」と語るA様。しかし今は陽の光を存分に取り込み、日々の暮らしを伸びやかに楽しんでいます。先人が丁寧に作り上げた空間と自然環境は、55年経った今も色褪せることなく、A様の暮らしに新しい喜びを添えています。ヴィンテージマンションが持つポテンシャルを活かしたリノベーションは、過去と現在をつなぐ豊かな住まいとなりました。
BEFORE
「坂道を登ってくるまでの、自然も美しくて周辺の環境も気に入っています。」そう語るA様が、新しい住まいを探し始めたきっかけは、都会の喧噪から少し距離を置き、自然を感じながら落ち着いた時間を過ごしたいという想いでした。街中の便利な立地も候補に挙がりましたが、どうしても人の気配や賑やかさが気になり、本当に求めているのは静けさに包まれる環境だと気づきます。そこで視線を向けたのが、山のふもとにある築55年のヴィンテージマンション。眼下には街と海が広がり、坂道を登る途中には緑があふれ、季節ごとに花の香りが風に乗って届きます。エントランスに足を踏み入れると、ウォルナットの艶やかな木の壁と建具が迎え、洋館を思わせる品格と重厚感。管理者や住人が大切に住み継いできたことを感じさせる保存状態の良さに触れた瞬間、A様の心は大きく動き、この住まいこそ理想だと確信します。