1970年竣工の桜台コートビレジは、建築家 内井昭蔵のマスターピースである。当時、内井は理想の建築を”健康な建築”と表現した。曖昧だが、的を射た言葉だと思う。”健康”とは何か。広辞苑には”身体に悪いところがなく心身がすこやかなこと”と記されている。ここでいう体とは建物の躯体であり、心とは生命力のある空間である。竣工から55年、社会は成熟し物と情報が溢れる時代。欲しいものが手に入りSNSで世界と繋がる。求める時代から取捨選択する時代に変わった。時短と情報を欲し倍速で視聴、知りたくないネタバレをすることも。現代は利便性を突き詰め、息苦しくなったところもある。そして、感染症流行、天災、争い、予測不能で不確かな変化の時代に。健康とは何かを考えることは、何が幸福か考えることかもしれない。時代とともに豊かさも形を変えていくだろう。この建築をどう住み継いでいくか。原型から現型へアップデートする必要がある。断熱改修により暑くなりすぎた夏を乗り越え、照明、空調、浴室設備をスマホでコントロールできるスマートハウスに。間仕切り壁を撤去、長手に貫く躯体壁を剥出し、軸線を視覚化することで広がりを与えた。桜の借景に加え内外にガーデンを設え、自然との共生を目指した。何気なくテラスに出ると"綺麗な緑だね"と声を掛けられた。自然と人を結ぶことで自然を介して人と人が結びつく。”健康な建築”が垣間見えた。
BEFORE
高度経済成長期、都市の高密度化が加速していく中、北下り西向きの急斜面に計40戸の集合住宅として計画された。壁柱が立ち並び、跳ね出し雁行したファサードは唯一無二の造形を呈し、学会賞を受賞。西に桜並木、南に保存緑地の借景を望める恵まれた環境のため、最大限それを活かす計画とした。
原設計はLDKと3居室を有し、南北に45度振った軸線に沿って構造壁が住戸の中心を貫いていた。この壁の躯体を剥出し、床にライン照明を配することで軸線を視覚化、建築の理念を現し広がりを与える。黄味がかり寂びた躯体には下地材の木レンガが埋め込まれていた。等間隔の木片には時を刻んだ風合いがあり空間のアイコンとなる。一方、住居には浴室、トイレなどの隔離領域があり、表の強度からより裏となりかねない。深緑のタイル、陽光色の塗装など、色で空間強度に対抗した。LDKから覗く空間は、発光するような桜色を選択し、その先を連想させた。