かつて桃の里と呼ばれたこの街は小さな農地が点在し、観光地化もされず穏やかで暮らしやすい。けれど、この街で生まれ育ったオーナーは、どこか個性が薄れつつある街並みに危機感を覚えていた。「空室に困ってはいない。でも賃貸住宅は人を育て、人を呼ぶ。そして街を元気にできるはず」。そんな想いから始まったプロジェクトである。
市場の側面では2025年4月新築の省エネ基準適合が義務化し、やがて中古物件にも広がる可能性もある。そして幼い頃から環境教育を受けてきた、いわゆるSDGsネイティブ世代も消費者の主役になっていく。環境配慮や家賃+光熱費のトータルコストで賃貸住宅を比較する時代もすぐそこだ。
そこで元々備わっていた断熱性能に加えて窓は二重窓+ペアガラスを設置。間取りは3LDKから1LDKに変更し、広いリビングにはカーテンレールを設置して風通しと暮らしの余白を確保した。壁は自然由来で光の陰影が美しい塗料を採用。塗装は原状回復時にゴミが出ず、タッチアップでメンテナンスが出来る。さらに「家に関心を持つ人を街に増やしたい」という想いから、4日間の塗装ワークショップを開催。地元の建築家、地主、DIY好き、夏休みの子供たちまでが集い、汗を流して仕上げた空間は、参加者にとっても愛おしい場所となった。
一室の変化が人を動かし、人が街を変えていく。賃貸住宅はその橋渡しになれると信じている。
BEFORE
一般的に賃貸は家賃や駅徒歩・間取りで条件を絞る。中古購入+リノベでふつうになりつつある部屋数を減らすプランや断熱性能、サスティナブル建材にコストをかけ入居者が決まるのかと不安を抱くオーナーは多い。私たちも当初は2LDKの想定だったが、「住まいの本質とは?」と工事中に1LDKに変更した。
決して派手なエリアではない。しかし街と住まいの魅力に共感する人はいると希望と確信を持ってプランを決めた。家賃は元々の1.5倍。地域で抜きん出た設定は挑戦だ。結果、1組目でクリエイター夫婦の入居が決まる。入居後の「心に、光と風が満ちます」という言葉が挑戦への答えとなった。賃貸オーナーは街への影響力も大きい。リノベーションは社会課題を解決するツールであり、状況は好転できる。この事例が悶々としているオーナーへ背中を押すことを願う。いつか「こんな賃貸ふつうでしょ」と笑われるくらい、私たちは日常を変えていきたい。