本民泊施設は訪日客や団体旅行などのグループ泊をメインターゲットにしており、博多祇園山笠を知らない国内外の観光客にも文化と歴史を感じてもらう仕掛けを内外装デザインに落とし込んだ。徒歩で訪れた際に視認性の高い、躍動感ある山車の写真を建物外壁面に落とし込み、オリジナルデザインの暖簾と日除け幕、室内には実際に祇園山笠で男衆が山車を舁く「舁き縄」や「法被」を中心に山笠オフィシャルグッズをディスプレイとして配した。
元店舗だった1階部分は最大8名が泊まれる部屋に、元居室だった2階と3階を最大12名が泊まれる宿泊施設として計画。運営はリモートチェックインが出来る無人管理とのことで宿泊客同士がバッティングせず完結する動線計画を立てた。
建て替えであれば物理的にも精神的にも途切れてしまう歴史や縁であるが、既存建物を活かすリノベーションだからこそ引き継ぐことができ、また隣接する山笠の寄り合い所や山笠の長、町内会長などとの折衝が円滑に進み、理解が得られ、地域関係を紡ぐことが出来た。
リノベーション完成後、初めての夏となる2024年7月は本建物所在エリアの「大黒流」が7つある山笠流の中で最初に櫛田神社入りする「一番山笠」という大役の年。民泊施設の盛況な稼働状況に「一番山笠」の大役が華を添え、1241年から続く「オイサ!」の掛け声と水飛沫がリノベで紡がれた建物前を今年も勢いよく飛びかっていた。
BEFORE
「博多祇園山笠」は、国指定重要無形民俗文化財で、ユネスコ無形文化遺産にも登録されている1241年を起源とする伝統ある祭り。豊臣秀吉による太閤町割が起源と言われている7つの流れ(町割り)がある博多の街中を「おいさ!おいさ!」と伝統の掛け声で男衆たちが駆け抜けていく。
民泊施設としてリノベーションしたい旨の相談を受けた本件建物もその歴史ある流の一画に所在しており、現地調査をしてみると、建物隣地に地域の山笠寄り合い所があり、聞くと建物の前面道路を毎年山車が通過するという博多祇園山笠とは縁を感じずにはいられない立地であった。
歴史ある町だからこそ町内の情報網や結束が強いため、計画段階で地域の町内会や地域の山笠の長へリノベーションの概要説明と事前相談、博多祇園山笠本部との対話を丁寧に行った。